2006年10月31日(火) 久伊豆神社御燎祭(おかがりさい)
久伊豆神社おかがり祭

 久伊豆神社は平安時代中期には既に武士や庶民の信仰を集め、現在も全国から広く信仰を集めています。クイズの神様としてお参りする人もいるとか?私も、久伊豆神社奉仕会の新米会員として「お焚あげ」や「どんと焼き」のお手伝いをさせて頂いています。
 今年初めて「御燎祭」に参加しましたが、「おかがりさい」って何でしょう?先輩諸兄に教えていただいたところでは、神無月の晦日に出雲からお帰りになる神様をお迎えするために「かがり火」を焚くのだとか。併せて古いお飾りをお焚き上げして、新年のお飾りに備えるのだそうです。大晦日から新年にかけて古いお飾りをお焚きあげするのは、初詣の「ついで」になるのであまり好ましくないそうです。確かに、神様が「ついで」では失礼かも。
 「かがり火」にあたると風邪を引かないそうですが、2時間近くもしっかりと炙られてしまったので、年末くらいまでは健康で過ごせそうです。背景では、お神楽「天孫降臨」が催されていました。今年も年末年始は「お焚あげ」が行われますが、ゴミの減量化と有害物質の発生を防ぐため、お札やお飾りはビニール袋などを外してお預かりしています。紙袋や包みも解いて確認していますので、ご協力をお願いいたします。
 伝統や文化は人から人へと伝わるものだけに、四季折々の行事が日本人であることの再確認につながっています。我が家でも、子どものころには行っていた神事で止めてしまったものがあります。忘れてしまわないうちに、しっかりと記録し、出来れば旧に復することが望ましいと思います。「御燎祭」も現在は10月末日に行っていますが、小林宮司さんはかつてのように旧暦の10月晦日に戻すことも検討中だそうです。



 2006年10月30日(月)長月の会日帰り研修旅行に参加しました。
埼玉スタジアム2002のピッチを背景に

 朝9時に越谷駅西口を大型バスで出発、総勢47名で日帰り研修旅行へと出発しました。 まずは、国土交通省荒川下流河川事務所へと向かいました。河川事務所は東京都にありますが、荒川をはさんだ対岸に導水機場があり、そこから荒川の水を取り入れて埼玉高速鉄道の地下鉄トンネルに導水管を通し、綾瀬川・伝右川・毛長川・芝川へと流して、水質の浄化、河川環境の改善を行っています。これらの河川はそれぞれ、桶川市、さいたま市、川口市、桶川市を水源に発して急速に都市化した市街地を流れているため、環境の悪化が著しい河川です。現在、導水管を通じて、毎秒3tの荒川の水が各河川へと流されています。ちなみに、綾瀬川、伝右川の放流口は、越谷から向かって浦和美園駅の手前、橋のたもとに開いています。
この放流口を見た後、すぐ近くの埼玉スタジアム2002へと向かいました。スタジアムツアーに参加し、選手ロッカールームやピッチ等を見学しましたが、さすがに昨年、Jリーグベストピッチ賞を受賞した芝は、しっとりとして柔らかく寝転がって思い切り背伸びしたい感触でした。(実際には、芝を踏むこともできませんが)

大きな輪が地下鉄、小さな輪が導水管です。

最後に、春日部市の旧庄和町にある首都圏外郭放水路・龍Q館を見学しました。首都圏外郭放水路は、大落古利根川、中川、江戸川をつなぐ国道16号線の地下50mのトンネルを流れる地底の川です。トンネルの内径は10m、総延長は6.3?に及びます。本年、6月10日に完全通水式が行われ、稼動いたしました。今回は、先週降り続いた雨により立坑に流れ込んだ河水を江戸川へ放水した後、更に立坑内に溜まっている残水を汲み出しているところでした。越谷市を含む中川・綾瀬川流域は、お皿のように水が溜まりやすい地形で、これまでにも浸水被害が頻発してきました。しかし、首都圏外郭放水路の完成により、洪水被害は劇的に減少しています。2,400億円という大きな資金が投入された公共工事でありますが、私たちの将来への安心・安全のために必要な投資はして行かなければなりません。勿論、適切な投資であったのか、費用対効果の検証は欠かせませんが。

ウルトラマン達に囲まれた首都圏外郭放水路の操作室

また、龍Q館の操作室はウルトラマンシリーズの秘密司令室として、また、地下の神殿のような雰囲気が漂う調圧水槽も映画やテレビの撮影に良く使われるそうです。操作室では、大勢のウルトラマン人形達が出迎えてくれます。今回は調圧水槽にも水が残っていたため、地下神殿を見学することはできませんでした、残念。



 2006年10月23日(月)行財政改革議連の皆さんと外務省の関口大臣政務官を訪問
産業振興部会の皆さん

 越谷市では9月議会終了後、保守3会派(自民党市民クラブ、新風クラブ、無所属の会)に所属する13人の議員達が連携して「越谷市行財政改革調査研究議員連盟」が結成されました。この議連は、執行権を持つ市長と同様に市民の皆さんに選ばれた議員が、議会として市民の声を吸い上げて政策提言をしていく、また執行部の政策をチェックすることにより、議会全体の働きを見えるものにすることを目的としています。
 市議会を傍聴した経験のある方は十分にご存知ですが、議会において議員同士の討論は行われません。13人の議員が集まる議連において討論がなされ、統一した政策提言がなされるようになれば、議会が市長と並立した二元代表性が確立され、新しい視点に立った市民サービスが実現していく契機となるのではないでしょうか。
 さて、その議連のもとに、越谷市における産業の振興を調査研究する部会が設けられました。部会に所属する議員の皆さんは、商工会など各種団体と精力的に会合を持ち、意見の聴取を行っています。それと並行して、国における地方自治体の産業振興にかかわる政策を調査するため、総務省や農林水産省から資料を取り寄せ、必要に応じてレクチャーもお願いする予定です。
私も各省庁との窓口として参加させていただくため、議連の部会に所属する議員の皆さん、藤森正信部会長、白川秀嗣議員、浅井明議員、江原ちえ子議員が関口昌一参議院議員を訪問されました。関口議員は第一次安倍内閣において外務大臣政務官を拝命したため、4人の議員さんと外務省でお会いしました。

手前の背中が私です。

行財政改革のためには、まず市民の皆さんに納めていただいた税を最大限に有効利用するため、各事業を徹底して見直し効果を検証して無駄な支出を削減しなければなりません。それと共に、歳入の増加を図るため産業の振興が欠かせません。地場産業の活性化、先端技術を用いた企業や研究機関の誘致、農業・食品加工・商業から観光までを結んだ新たな越谷ブランドの開発など、これから様々な取り組みを行っていこうと考えています。



 2006年10月22日(土) 越谷市民祭りに参加しました。
かぼちゃの魔女と娘

 「大相模花と緑の会」の会員として、模擬店でフランクフルトを茹でていました。決して、お弁当を食べに行っただけではありません。雨模様であった昨年とは一転して、とても暑い一日でしたが、青年会議所のテントではちゃんと250円を払って、汗をかきつつ「ちゃんこ」を食べて良い先輩をアピールしました。その他にも、わた菓子、焼きそば、クッキー、ポップコーンにお煎餅と随分買い込んでしまいました。市民祭りの実行委員長は、第1回から青年会議所の理事長が務めています。私も第23回越谷市民祭りで、実行委員長を務めさせて頂きました。一番の心配は天気ですから、三木勉理事長、晴れて良かったね。
 自民党越谷支部では、女性部の皆さんが早朝から準備しておにぎりと豚汁を販売し、ほぼ完売しました。皆さん、お疲れ様でした。支部事務所前で、松沢県議のお宅で育った南瓜を刳り貫いて作ったハロウィンの魔女と次女が記念写真を撮りました。これも、女性部の皆さんの労作です。
 今年の市民祭りは、いつもより人出が多かったような気がしました。景気が悪いからだなんて云う人もいましたが、コミュニケーションを求めて参加する人が増えてくれていると良いのだけれど。 



 2006年10月12日(木) 埼玉ラオス友好協会の皆さんと外務省を訪れました
私の隣が、服部大使です

 安倍新内閣において、関口昌一参議院議員は外務大臣政務官を拝命いたしました。北朝鮮による核実験が実施され、国際情勢とくに東アジアが緊迫している折から、毎日忙しく飛び回っています。もちろん私が外務省に勤めているわけではありませんが、埼玉ラオス友好協会のみなさん高橋会長、兼平専務理事から、お電話がありました。
 「ラオスに2校目の小学校を建設したのだが、川に橋がなかったために子ども達の登校に不便でした。そこで今度は、橋の建設資金も寄付することになり、ラオスを訪問します。その帰りに、ベトナムも訪問したいのですが大使館にご協力願えますか」という内容でした。ODAだけではなく民間の皆さんの長年の努力があってこそ、国際貢献・国際交流が進展します。NGO・NPOによる草の根レベルの活動により、現地の人々の切実な希望を聞き、地域の状況・人々の生活に必要な援助も可能になります。
 早速、関口議員にお願いしたところ、折りよく服部駐ベトナム大使が帰国しているとのことで、外務省の政務官室でお会いする機会を設けていただきました。当日は、訪問団を率いられる土屋義彦元参議院議長もおいでになり、世界各国を訪問した経験や親しい方々のお話を聞くことができ、立場上形式的にならざるを得ない行政府同士による外交とは違った、議員による外交が果たしている役割を認識することができました。

服部大使にベトナムの状況を聴く友好協会の皆さん.

服部大使によると、今ベトナムへは2,000社の日本企業が進出しており、中国で痛い目にあった企業が結構多いとのことです。政治だけではなく経済の安定のためにも、アジアの平和を如何なる方法をとっても維持しなければなりません。服部大使を始めとする外務省の皆さんも、快く協力や資料の提供を約束してくださいました。それから、日本・ラオス友好議員連盟の事務局長は、土屋品子代議士が勤めていらっしゃいます。
 関口議員が外務大臣政務官の職にある時間を生かして、今まで出来なかった外務省の仕事について学ぶ機会をつくって行きたいと思っています。土屋先生を始めとする埼玉ラオス友好協会の皆さん、無事のお帰りを祈っています。



 2006年10月7日(土) 第1回「未来を考える公開講座」を開催しました
近藤大博教授はこんな先生です。

 今年4月から、自由民主党越谷支部で青年部長を勤めさせていただいています。今年の青年部では「自民党に入って得をした」と思って頂ける様、勉強会や研修会といった活動を企画しています。そこで、まずは「未来を考える公開講座」と銘打って、中央市民会館にて、日本大学大学院教授・元中央公論編集長、近藤大博(もとひろ)先生をお招きして、講演会を開催しました。
 当日は土曜の午後4時開会という中途半端?な時間にもかかわらず、定員40人の会議室に、立ち見がでる盛会となりました。近藤先生は、40歳の若さで中央公論編集長に就任されてから、海外を含めて豊富な編集・情報教育の経験を積まれていて、今回は「政治とメディアを語る!!」のテーマで、身近に接した政治家の実像などについて講演して頂きました。質疑も含めて1時間半近くがアッという間で、有意義な時間を過ごすことができました。質疑のなかでは、青年部に対して「しっかり頑張って欲しい」と叱咤激励も頂き、第二弾、第三弾と企画していきたいと、今のところ意気込んでいます。
 現代に生きる私たちは、情報の洪水に溺れる様に漂っているに等しいと思います。新聞、テレビ、ラジオ、雑誌といった発信者=企業・組織、受信者=個人であるマスメディアだけではなく、インターネットのように発信者=個人、受信者=個人というパーソナルメディアにより、虚々実々の情報が溢れています。個人のブログや書き込みサイトを覗いていると、情報がマスメディアに載る何年も前に、関連した怪しげな噂が飛び交っていることが伺えます。でも、どこまで信用できるものなのか・・・。近藤先生もおっしゃっていたように、これからは受信者がしっかりと情報の選別をしていかなければなりません。
 最後になりますが、ご出席いただいた皆様、特に日本大学及び同窓会の皆様、有り難うございました。そして、懇親会も含めて企画・運営に尽力していただいた青年部の皆さん、なかでも近藤先生の教え子で今回の講師選定に尽力してくれた並木有史君に心から感謝いたします。
 



 2006年10月3日(火) 法人会女性部会の日帰り研修会に参加しました
千鞠と皓志郎の宝探し

 朝8:時ちょうど、新越谷駅東口ロータリーから社団法人越谷法人会女性部会の皆さんと一緒に大型バスで出発いたしました。車中では税に関するクイズなど法人会にふさわしい研修?を行いながら、三国コカコーラ吉見工場に予定よりも1時間近く早めに到着。普段は120名の従業員が3交代制で働いているそうですが、夏場の需要が一段落して構内もなんとなく閑散としていました。製造ラインの見学も遠くで1ラインが動いているだけで、ちょっと寂しい感じでした。コカコーラの歴史などビデオで教えて頂きましたが、最後に懐かしい瓶詰めのコーラを飲ませてもらったのが一番印象に残りました。最近は缶かペットボトルしか買わないからね。工場内の自動販売機は缶コーラが1本100円で少し安いだけ。案内のお嬢さんに聞いたら、「私も入社したら只で飲めると思っていたんですが」とのことでした。
 昼食は小川町の二葉という料理旅館で、山岡鉄舟ゆかりの名物「忠七飯」を頂きました。炊き込みご飯に薬味を載せ、だし汁をかけて食べるお茶漬けみたいなものですが、さっぱりしていてつい御代わりしてしまいました。年代を経た木造の建物も庭も風情があり、皆さん、ゆっくりと庭の散策を楽しんでいました。
 午後は「道の駅」おがわまちの和紙工房へ向かいました。小川和紙は奈良時代から1300年近い伝統があり、和紙葉書を漉く体験ができます。最初に漉いた厚手の和紙の上に草花や金糸銀糸を置き、更に薄手の和紙を重ねて定着させるのですが、欲張って沢山はさんだものだから、果たして乾燥してもらった後の出来栄えはいかがでしょうか?
 ここには伝統工芸館が併設されていて、越谷からも達磨や雛人形が出展されていました。最近は、「鴨葱鍋」のように越谷の名物をつくろうという活動が始まっていますが、ふるさと越谷にある美しいもの、美味しいものをもっとPRしなければ。そのためにも、越谷に住む私たちがもっと越谷について知る機会をつくり、知る努力をしなければ。煎餅だって慈姑だって葱だって、素晴らしい素材はいくらでもあるはずです。見学の皆さんから「越谷のお土産をつくってほしい」との声があがりました。人が集まり、人が動く種子をつくらないと、豊かな街づくりが始まりません。産業を活性化させ経済を動かす施策から考えていかないと、増え続ける医療や福祉の負担を賄うことができなくなります。ましてや、未来のために最も重要な教育に投資することも困難になってしまいます。



 2006年10月1日(日) 大袋駅開業80周年のお祝いがありました。
大袋駅開業80周年の横断幕

 私が子どものころの大袋駅は、上り下りの2つのプラットホームと駅舎の間を、電車が来ない隙に線路をまたいで渡っていました。オンボロの小屋がプラットホームに建っていたのを憶えています。式典と消防音楽隊の演奏の時には曇っていましたが、フリーマーケットが始まった午後には雨が降り出してしまい残念でした。子ども達をつれて、赤い羽根共同募金をして帰ってきました。「大袋ギャラリーひろば」では、昔の大袋駅周辺の写真の展示などもされていました。(式典の写真を撮り忘れてしまったので、横断幕だけで済みません。)
 祖父は80年前に大袋駅が開業した時の式典を見に来たそうで、青年会の相撲大会などが開催されたと言っていました。幸いにも祖父が旧制の粕壁中学へ入学する前の年だったので、それまでの生徒は中学まで自転車で通っていたのに、初めから電車通学だったそうです。
 大袋駅西口整備事業の少しでも早い完成と、市内でただ一つ取り残されてしまった大袋駅周辺の活性化に期待しています。夕方の駅頭をしていても、大袋駅だけは乗降客が駅周辺にほとんど留まらずに帰宅してしまいます。地元大袋を、暗く淋しい駅から明るく賑やかな駅へと発展させなければなりません。