2007年1月25日(木)
      第2回越谷市関口昌一後援会設立準備会を開催いたしました。

第1回に引き続き、多くの皆様に出席して頂きました。

 昨年11月16日以来、2回目の関口参議院議員後援会の設立準備会を、議員本人をお迎えして開催いたしました。当日は、およそ50名の役員の皆様にお集まりいただき、島村博代表挨拶、松沢県議議長のもと、2月8日(木)に開催する設立総会の次第、役員名簿、当日準備についてご協議いただきました。昨年11月後半から開始した後援会員募集は、歯科医師会をはじめとする各団体、役員の皆様のおかげで、約500人にまで伸びてまいりました。

 設立総会は、ご来賓として今井宏代議士、松沢邦翁県議、古川俊治参議院議員候補予定者、越谷市議会議員の皆様をお迎えし、統一地方選挙、参議院選挙に向けて、合同決起大会の趣向で開催したいと企画しています。記念講演は、橋本聖子参議院議員をお迎えして、「スポーツを通じた地域振興」との演題で行う予定です。


事務局長として、設立大会の準備について
説明いたしました。

 

入場無料、事前登録も無くても結構ですので、多くの皆様のご出席をお待ちしております。開場は午後6時30分、開会は午後7時です。開場は越谷市中央市民会館劇場です。






 2007年1月20日(土) 新年会の合間に、花フェスタを覗いてきました。

花フェスタで、チューリップを買いました。
 

 1月20日、新越谷駅コンコースで「花フェスタ」が開催されました。午前10時から販売開始とのことでしたが、一つ行事を終えてから顔を出したので11時過ぎになってしまいました。午後3時頃までと聞いていたので、まだ始まったばかりと思っていたら、鉢植えの花はほとんど売り切れてしまい、花卉農家へ追加注文したとのことでした。

 しかし、まだ切花は残っていたので、これから咲きそうな蕾が一杯のチューリップ、黄色とピンク色のチューリップを1束800円で2束、購入しました。ちょっと早いんですが、妻への結婚記念日のプレゼントに。ちょっと、安上がりですか?

 チューリップを販売している写真の青年は、島村博JA組合長のご子息だそうです。



 2007年1月19日(金) 田原総一朗先生の講演会

父・田原総一朗先生・私

 野村證券越谷支店の新春特別セミナーのため、評論家・ジャーナリストの田原総一朗先生が越谷へいらっしゃいました。講演に先立って、杉本幹夫支店長のお計らいで、田原先生とお会いしてお話を伺う機会を頂きました。中でも一番印象に残ったのは、「成熟した時代の政治には正解が無い」という言葉でした。例えば、今回の日銀の金利にしても、上げたほうが本当に良いのかどうかは分からないということです。地方自治体においても、少子高齢化に対応し、産業振興、福祉・教育の充実を実現するためには、今までとは違った手法を考えていかないと。

 講演の内容については多岐にわたるので詳細は記しませんが、幾つかをかいつまんで述べてみます。社会的格差について、現在の景気回復は不良債権処理、正社員を減らして非正社員化し、更に中国などへ設備を移転した結果です。言ってみれば、格差をつくったがために回復した景気といえるわけで、社会的敗者となってしまった者へのセーフティネットが必要です。企業も役所も葉中途採用を拡大する必要があります。


 日本は農業、金融、サービス業が弱い。これからは一次、三次産業でがんばらないといけません。これまでの価格で勝負する時代には、設備投資をし多数の労働者をかかえる大企業が有利でした。しかしこれからは、品質や新商品が注目されるため、他には無い商品が作れるかどうかが勝負になります。まだ日本は、大量生産時代から脱却する産業構造の改革の途上にあるようです。



 2007年1月17日(水) 越谷市歯科医師会新年会

関口昌一参議院議員の挨拶

 午後7時から越谷市歯科医師会に関口議員とともに出席しました。関口自身も私の後援会の清水会長も歯科医師であり、越谷市歯科医師会 田中会長、歯科医師連盟 飼馬会長にも、越谷市関口昌一後援会の設立についてご尽力頂いています。

 私が大学院生のとき、初めて中学生を引率してライオンズクラブの皆さんと一緒に、姉妹都市になった豪州キャンベルタウンを訪問しました。そのときの中学生の一人、藤田君も今は亡くなったお父さんの後をついで、歯科医師になっています。そういえば、学生の頃、飼馬先生と亡くなった藤田先生に、生まれて初めて河豚をご馳走になったことを思い出しました。




田中東穂越谷市歯科医師会長・清水重夫
島村あきお後援会会長と一緒に

 池松先生からは、「政治家には診療報酬がどうのというよりも、歯科医は治療するばかりではなく、市民の健康にどのように貢献できるかを考えて欲しい」と意見を頂きました。荒垣先生は沖縄出身で、「補助金漬けになれた働かない沖縄にいるのがいや」で、こちらで開業されたそうです。歯科医の先生方とお話しをしていると、2時間もあっという間に過ぎてしまいました。






 2007年1月16日(火) 笑顔の挨拶運動をしています。

南越谷小で笑顔の挨拶をする米山倫理法人会会長

 越谷市倫理法人会では家庭倫理の会の皆さんと一緒に、昨年11月から栄進中、12月大相模小、今年は1月9日の始業式から南越谷小にて、笑顔の挨拶運動を行っています。月曜から木曜の朝、7時40分くらいから8時過ぎまで、校門に立って「おはようございます」と大きな声で挨拶させてもらうと、寒い朝でも結構すがすがしい気分になります。経験的には、小学生、中学生、先生の順で元気が無くなるようですが。でも何日も続けていると、だんだん挨拶の声が大きくなり、挨拶をする子が増え、目に見えて様子が変わってきます。毎日とは行きませんが、私もできるだけ参加するようにしています。校門を通り過ぎる方にも声を掛けると、驚いたように、でも挨拶を返してくれたりして嬉しいものです。




 倫理法人会では毎週金曜日の朝6時半からモーニングセミナーを開催していますが、講師は他の倫理法人会会員や倫理研究所の講師など身内です。公開の講演会講師選定も倫理研究所から注文が多く、入会して2年ほどの私が言うのもおこがましいのですが、閉鎖的な雰囲気があります。会員の拡大も強く求められる傾向がありますが、「良い事やってるだろう」という宣伝よりも、外向きの行動による発信がまず必要だと思います。昨年行った、サンバイノー・ありがとうコンサート」や今回の「笑顔の挨拶運動」による発信が評価されれば、自ずと拡大もできるでしょう。拡大できないのは評価されていない、あるいは発信力が足りないのでは。

未来をになう子ども達に元気をもらって、もっと元気になる。暖かくなるまで朝は辛いけど、倫理の皆さん、子ども達に負けないように頑張って下さい、いや、頑張りましょう。

 写真の米山会長、もっと笑顔でお願いします!






 2007年1月15日(月) 日本繊維産業連盟新年懇親会

東京タワー2007

 東京プリンスホテルにて、日本繊維産業連盟の新年懇親パーティーに代理出席しました。私が以前、繊維業界に勤めていたこともあり担当しましたが、研究畑のかたならともかく、社長さんや役員の皆さんとは面識が無くて。繊維業界は構造不況といわれて久しく、主催者の挨拶では、市場のグローバル化、素材産業を取り囲むファッション業界との連携そして繊維の新しい分野での利用開発が主張されていました。

私も繊維業界で事業の多角化のためバイオ関連の研究開発をしてきましたが、東レ、東洋紡といった超大手は別にして、業界の多くは中小企業です。「将来を見据えた研究開発」に投資する余裕はなかなかありません。私も、入社してから自前でやっていくレベルにもっていくまで、約10年も会社の臑を齧ってしまいました。本業での技術改良とは違い、まったく新しい事業を起こすには、想像以上に時間もお金もかかります。日本産業を空洞化させないためには、公的な研究開発への投資が必要です。



MORIタワーが鏡に







 来賓はさすがに大物が多く、中川秀直幹事長、甘利明経済産業相、伊吹文明文部科学相などたくさんいらっしゃいました。でも写真は、「東プリ越しに眺めたオレンジ色の東京タワー」と「愛宕グリーンヒルズのMORIタワーを鏡にして映ったその姿」です。こちらのほうが、何よりとは言わず綺麗なんじゃないかと・・・。


 2007年1月14日(日) 久伊豆神社どんと焼き

点火!

 午前9時から、久伊豆神社でどんと焼きのお手伝いをしました。お正月にお祭りした松飾りなどをお焚き上げする行事ですが、お守りやお札もお預かりします。今年は東京浅間神社の方がお参りにいらっしゃっていたので、少し遅れて10時から神様の火を頂いて、積み上げた注連縄などに点火しました。東京では野天で火を燃やすことができず、お焚き上げはできなくなっているそうです。環境への配慮、安全と伝統文化を共に尊重する方法を探ってかなければ、どんどん絶えていく行事が増えて行くことでしょう。






環境に配慮して。ご協力有り難うございました。

 どんと焼きでは、お焚き上げよりも厳しく、新聞紙や神社の紙袋以外の紙製品もお持ち帰りして頂きました。来年からは、達磨などもお預かりできなくなるかもしれないとのことです。これも、伝統行事を守っていくためとご理解頂きたいと思います。私は受付を手伝いましたが、風が吹くととっても寒く、それに比べて、火の当番は天国でした。来年は、火のそばへ転勤したいな。

火のそばは天国です。
















 お手伝いは11時までで終了し、新船渡自治会の新年会に出席しました。自治会の皆さんからは、集会所の土地取得と建て替え、また、大杉通りのバス路線についてなど様々なご意見を聞きました。皆さんが住みやすい町になるように、私も勉強させていただきます。それから、「よせ鍋の海老は一人一本ずつ」と厳しく言われていたのに、2本食べてしまって申し訳ありませんでした。ご馳走様。



 2007年1月13日(土) 土曜日はいろいろな行事がありました。

大袋地区賀詞交換会、来賓の吉田新教育長、黒田県議と、
遠藤袋山連合自治会長
 

 午前10時から、大袋公民館で大袋地区賀詞交換会が開催され、武藤大竹第二自治会長、臼倉大竹第一自治会長など大竹の皆さん6人と一緒に出席しました。市長、今年1月1日から教育長となった吉田茂氏、黒田重晴県議、大袋地区選出の5人の市議、各自治会の皆さんが集まり賑やかな新年会でした。司会を務めた西山大林東自治会長をはじめ、担当の大林地区自治会の皆さん、お疲れ様でした。

島村組合長も働いています。左隣は渋谷さん

お饅頭をつくるJA婦人部の皆さん

 その後、合間を縫って中央市民会館前広場で開かれていた農産物産直フェアへ顔をだしました。午前11時半から12時くらいまでで、丁度お客さんが少ない時間帯だったそうですが、JA婦人部の皆さんがつくるお饅頭は製造が間に合わない売れ行きで、島村組合長も手伝う忙しさでした。「働く姿を撮るように」とのリクエストに沿って写真を一枚。
産直販売イベントは、昨年11月18日のとれとれの一周年、12月23日の農協直売所イベントと覗かせてもらいましたが、農家が軽トラックを乗り付けて作物を荷台で販売というのは実に面白いと思います。広場があればどこでも可能だし、産直というイメージが分かりやすいですよね。あっちこっちで、やってもらいたいなぁ。組合長も、「あんたの作った野菜のファンなんだよ」って言ってもらえれば、農家のやる気も違ってくると言っていました。生産者と消費者の気持ちの直結が、「産直」の本当の意味かもしれません。

販売中を記念写真

















成人式&新年会の会場風景

 産直フェアで買った花束を持って、手をつなぐ育成会の成人式&新年会へお邪魔しました。今年成人を迎えた方は一人でしたが、千草園、野の花のみんなが集まって、歌を歌ったりして盛大なお祝いになりました。私の成人式の時には、一人で電車に乗ってサンシティへ行き、また一人で帰ってきたのを思い出し、とっても羨ましく思いました。まぁ、その頃の自分が特別暗い青春を送っていたのか、とも思いますけど・・・。
 障害者のご家族の話を聞くと、当然のように自立支援法については多くの皆さんが不安を持っています。自立とは受益者として経費を負担することではなく、負担に耐えられるように社会参加する道を開くことでしょう。観光、農業、加工といった産業、環境、教育、福祉などを組み合わせた総合的な政策、事業を考えてみるよう地方自治体も、知恵を絞っていかないと対応できない時代になってきました。


小柴先生ノーベル賞受賞記念碑が建ってました。

 夕方からは久しぶりに東大へ出かけ、出身研究室(養蚕学研究室)の同窓会・新年会に出席しました。しかし、今は時代の波におされ中国など諸外国におされ、日本の養蚕業は絶滅?の危機に瀕しており、研究室も昆虫遺伝研究室と名称変更してしまいましたが。私は昆虫病理学が専門だったので、少し馴染めない感じもします。
 写真は、「小柴先生ノーベル賞受賞記念碑」です。でも、驚いたのは碑の向かいの理学部一号館にドトールコーヒーがあったことです。しかも、すぐそばにはローソンまで。古い言い方だけど、「今浦島」だね。昔は生協しかなかったのに。
 研究室出身の皆さんは、毎年は無理なので一年おきくらいに出席しているとかで、今年は当たり年らしく多くの先輩、後輩と旧交を温めることができました。先輩の話では、「昨年は知っている人が一人しかいなかった」そうです。企業、大学、独立行政法人と様々ですが、研究に従事している者がほとんどなので、私は「変り種」になってしまいました。
私が仕事を受託していたNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)に出向した先輩が、当時、一緒に仕事をしていてやはりNEDOへ出向になった製薬企業の方と机を並べているなどと聞き、本当に世の中は狭いな?と感じたり、楽しい時間を過ごしました。宇都宮大の先輩からは、「今年、学生が片倉(私が勤めていた企業)へ就職したから宜しく」と頼まれ、東京農工大の先輩からは、「学生が片倉を受けたが、落っことされた」と苦情を言われました。私のせいじゃないんだけど、久しぶりに片倉を訪ねてみようかな。

記念碑の向にはドトールコーヒーができ、
近くにはローソンまで・・

同窓会の会場風景
両手をあげて話しているのが恩師の小林正彦元教授

 農業生物資源研(旧蚕糸昆虫研)に勤める後輩に聞いた話では、私たちの頃は同級生の何割かが選んだ、大学院を出て公務員試験を受け研究者になるという道は、今は無くなったそうです。ほとんどの研究者は、何期かのポスドク(ポストドクター:博士号取得後、任期付の研究職についている者)を経験して、更に資源研でポスドクを経験し、ようやく正式採用になるとか。旧文部省は、研究開発力を高めるため大学院の定員を増やし、卒業した研究者に働く場を与えるため打ち出された「ポスドク1万人計画」を打ち出しました。しかし、ポスドク後の就職先であるはずの大学や研究機関の定員は増えなかった結果、大学院博士課程を出た研究者はポスドクからポスドクへと渡り歩き、30歳代半ばになってやっと定職を得るという事態が生じました。
ポスドクの契約期間はせいぜい2〜3年と短く、生活も安定しません。業績を上げながら、常に次の就職先を探している状態では、家族を持つ余裕もなかなか生まれないと思います。その上、40歳近くなってはポスドクに採用されることも困難です。私も民間企業の研究所にいたころ、研究力強化のためポスドクの採用を試みました。しかし、有名研究機関でポスドクを経験し実績を積んでいても、結局はベンチャー企業からベンチャー企業へと転職を重ね、40歳になってしまった研究者の採用には踏み切れませんでした。企業に馴染めるかどうか、人間関係は大丈夫かとの懸念が先にたち、結局は修士卒でも企業で研究経験のある若い人を採用しました。
安定した研究職に就けないまま転進も難しくなってしまったポスドク、高学歴ニート化させてしまっては、日本にとって大きな損失になってしまいます。優秀な人材は大学院へ進まず、民間企業を選ぶようになってしまいます。産業界にとっては喜ばしいことでしょうが、日本の研究開発の裾野がすぼまってしまうことを懸念しています。文部科学省は、もっと長期的な研究を仕事として選ぶ若者の人生を考えた政策を立案してもらいたいと願っています。



 2007年1月8日(祝) 新年会が続きます。

鈴木幸男市議の新年会で挨拶をする木村後援会長.

 正午から、私の住む大竹のお隣り、恩間出身の鈴木幸男市議の新年会へ伺いました。旧知の皆さんも多く、今井代議士、松沢県議に続いて父も挨拶させて頂きました。私も紹介して頂き有り難うございました。鈴木市議は実に7期を務める大ベテランです。昨年結成された議員連盟でも13名中8名が一期生ですから、今の越谷市議会ではこれまで積み重ねられた経験は貴重です。西大袋地区の区画整理事業完成のためにも、統一地方選での健闘を祈っています。アトラクションで太鼓を披露した堀江さんとは何回もお会いしているのですが、翌1月9日の埼玉県自動車整備振興会の新年会でお会いし、初めてお仕事を知りました。これまで失礼致しました。
 鈴木市議の新年会は途中で失礼し、東越谷十丁目の新年会へ向かいました。ここでも、今井代議士、松沢県議とご一緒させて頂き、私も江原利男自治会長のご配慮で、挨拶させて頂きました。十丁目はいろいろな行事で声をかけて頂くので見知った方も多く、リラックスして諸先生が移動されてからもすっかり長居してしまいました。

松沢邦翁県議の新年会で挨拶をする名倉後援会長

 午後4時からは、ギャザホールで松沢邦翁県議の新年会へ出席いたしました。来賓として今井代議士のほか、私の上司、関口昌一参議院議員もお招きいただきました。ただ、その後、川口、朝霞と予定が入っていたため、挨拶後まもなく会場を後にしてしまい、申し訳ありませんでした。

また、関口昌一越谷市後援会(昌政会)の設立準備委員会 島村博代表(JA越谷組合長)からも、「後援会設立は、これから迎える統一地方選、県議選、市議選さらには参議院選まで視野に入れたものであり、ご理解とご協力を頂きたい」との力強い挨拶がありました。ご協力いただいている、松沢県議の後援会の皆さん、有り難うございます。
2月8日(木)、中央市民会館劇場で越谷市昌政会設立大会があります。講師として、橋本聖子参議院議員を予定しています。皆様、奮ってご出席お願い申し上げます。



 2007年1月7日(日) 三ツ林隆志代議士新年会のお手伝いに行きました。

三ツ林代議士と一緒に。

 朝9時からエプロン持参で、幸手市の三ツ林代議士のお宅で新年会のお手伝いをしました。越谷市の中島さん、中村さん、石井さんと一緒に、天ぷら、掻揚げと竹輪を担当しましたが、スーツを腕まくりしていたもので、すっかり油臭くなってしまって。隣でお蕎麦を茹でていたので売れ行きは好調、味も好評で「本職ですか?」と尋ねられて、中島さんは「いやぁ、素人です」と得意そうでした。私は軍手の隙間の手首で鍋に触れてしまい、名誉?の負傷をして絶好調とはいきませんでした。

 当日は風こそ強く、テントが吹っ飛びそうでしたが晴天に恵まれ、結構な賑わいでした。知っている方には、「天ぷらなんて揚げるんだ?」と声をかけられましたが、土屋元知事の新年会では、もう20年くらい天ぷら揚げる手伝いをしていますから、結構慣れてはいるんです。



 2007年1月1日(祝) 明けましておめでとうございます

大竹神社

 大晦日、除夜の鐘を聞きながら地元の大竹神社へ初詣に行きました。既に参道には行列ができ、二つ目の鳥居の下で新年を迎えてしまったので、皆さん、列の前後同士でおめでとうの挨拶です。
昨年までは、93歳になる祖父が社殿に座ってきましたが、今年はもう高齢ですからご遠慮させて頂きました。参拝の後、1,000円の破魔矢を購入し、自治会役員の皆さんがサービスする甘酒を、焚き火に当たりながら頂きました。午後10時から集まって忙しい中での準備、お疲れ様でした。
元旦の朝は家中の神様にお餅とお雑煮をお供えするのが、私の毎年の務めです。お供えは家の中に8個、庭に4個の計12個。子どもの頃まで使っていた井戸の跡には井戸神様、商売をしていた頃の名残と思われる大黒様、曽祖父が建てた弁天様(子どもの頃、蛇をいじめると弁天様の使いだからと叱られました)など、代々受け継いできたものを私も子供たちへと伝えていかなければなりません。風俗習慣というものは、一度絶えてしまえば復活することは困難です、家々で微妙に異なり、口伝で伝わっていくものだから。
最近は、お正月が昔ほど特別な時期ではなくなりました。コンビニやショッピングストアも、ファミレスだって開店しています。子どもの頃のお正月は、ちょっとした文房具を買うにも、あちこち開いているお店を探して歩いたものですが。お正月くらい、昔の生活、日本人であることに思いをはせるのも良いではないですか。

久伊豆神社

お雑煮を頂いてからは慌ただしく、久伊豆神社へ向かいました。朝9時から11時まで、奉仕会でお焚上げのお手伝いです。始めは参拝者もそれほどではありませんでしたが、どんどん増えて行って、受付が間に合わないほどでした。もちろん、お焚上げはお札やお守り、注連縄や達磨など預かりするのですが、お札の袋の中に紙くずや酷い時には食べ残しなど生ごみを入れてくる方もいます。ぬいぐるみや人形を持ってくる方もいますが、神様にかかわるものとその他の塵芥を一緒に燃やすわけには行きません。分別に、ご協力をお願い致します。