2007年7月29日(日)参議院選挙の投票日


大相模祭りと大相模小の思い出の土俵

 朝から大袋幼稚園で夏休み中に行うキャンプファイアーの打ち合わせがあり、お父さんの会で役割分担がありました。恒例?の出し物は、ビリーズブートキャンプになりそうな気配(昨年は小力パラパラでした)。流行に敏感なのは結構ですが、練習が怖い。
もちろん投票に出かけましたが、いつも投票所になっている大袋小体育館が使えないため、小学校の昇降口が臨時の投票所となりました。これも2度と無い経験でしょう。またあっては困るし。
夕方から、大相模祭り、大房新生、大林新生と納涼盆踊りにお邪魔しましたが、雨模様だったので時間を切り上げたり、会場を移したりと大変なようでした。自治会の皆さん、お疲れ様でした。大相模祭りは大相模小学校で開催されますが、ここには大相模小親父の会が手作りで作ってくれた土俵があります。私が越谷JCの理事長を務めていた1997年、わんぱく相撲越谷場所を是非、屋外で太陽の下でと考えていたところ、大相模小の皆さんが一致協力して素晴らしい土俵を校庭に造ってくださいました。それまでは、体育館の中で土俵型のマットを敷いたり、時にはJCメンバーが木製の土俵を造ってみたりして工夫していました。でも、大相模小で、初めて土の上で相撲を取らせてあげることができました。事前の会議では、「雨が降ったら困るから、いつも通り体育館で開催したい」という担当委員長を、「絶対やるんだという気持ちがあれば、雨なんか降らない。降ったら俺が責任を取る」と説き伏せたのですが、前日に酷い雷雨となってしまいました。でも、当日の朝、雨が上がった校庭でJCメンバーが総出でスポンジで水溜りの雨水を吸い取り、砂を入れて開催にこぎつけました。あの時の校庭に群がってしゃがむJCメンバーほど、素晴らしい光景はちょっと目にできません。その後、実行委員長を務めた市民祭りでも午前中は雨でしたから、すっかり雨男と思われています。まぁ、結婚式も雪だったからしょうがないか。


夜中の11時43分にようやく万歳

戦いすんで、事務所で古川候補のインタビューを見る。
さて、夜の10時ごろ、古川選対本部へ到着いたしました。実際は、なかなか行かないので呼び出されたのですが。さて選対本部では、多くの支持者や関係者の皆さんが詰め掛けていたのですが、民主党の躍進が伝えられ、埼玉県でもNHKでは早々に行田、山根両候補に当確が出てしまい、重苦しい雰囲気でした。4位の山根候補に当確が出ているにも拘らず、古川候補は郡部からずっと2位をキープしているのに一向に当確が出ません。他のTV局は山根候補に当確を出してはいませんでした。結局、TV埼玉では当確が出ましたが、NHKで当確が出るまではと待ち、万歳はホテルで待機していた古川夫妻が到着してからの、午後11時43分でした。写真は、珍しい?後ろからの万歳です。NHKはさいたま市の票があいて山根候補が高野候補を抜くまで、古川候補の当確を出しませんでした。出口調査力を誇るのも結構ですが、順当に2位の候補者から当確を出せば良いではありませんか。落選された高野博師さんは良く私にも声をかけてくださるし、優秀な政治家だと思っています。埼玉県民はもったいない選択をしたのかもしれません。参議院もすっかり政党化してしまい、人物本位の良識の府というのは、今は昔の物語でしょうか。でも、有権者の判断が出た以上、それが誤っていないことを祈るのみです。

 2007年7月28日(土)いよいよ参議院選挙も最終日です。

 今日は早朝7時から、古川候補が新越谷駅に来て駅頭を行い、20日以来2回目の越谷市内遊説をしました。17日間と長かった選挙戦も、もう最終日。県南地区を重点的に遊説しました。私も貧乏性なのか、及ばずながら夜中までこそこそとポスティングをしていました。法定ビラも、余ってしまっては勿体無いですから。
今日は納涼会も多く、妻の実家がある蒲生南町でも盆踊りがありました。子ども達は、綿菓子やかき氷を好きなだけ食べていたので、多分お腹を壊すと思います。越谷の花火大会も開催されていましたが大変な混雑で、越谷駅周辺の駐車場はみんな満員。会場内では親切な方に場所を譲ってもらい、座って鑑賞することができました。有り難うございました。花火大会も、すっかり越谷の夏の風物詩となりました。花火の会の皆さん、お疲れ様。よく見ていると、駅前通りや宮本町のあたりでも所々人が集まって空を見上げている場所があり、打ち上げ会場から離れていてもビルの上に花火が開いているんだなと分かります。


古川としはる候補も新越谷駅頭で最後のお願い

蒲生南町盆踊り

越谷花火大会

 2007年7月26日(木)大袋小学校体育館の後片付けのお手伝いをしました。


焼け焦げた体育館の内部

既に片付けが始まった大袋小体育館

 今日は朝から、大袋小学校の体育館の後片付けをする先生方のお手伝いをしました。お手伝いの申し出は多くあったようですが、PTAの本部役員だけで当たることとしました。床は昨日、既にPTAの皆さんも協力して掃除をしたために水はなく、跳び箱、平均台、シートやテーブルといったものを、順次、教室や廊下へ運び出しましたが、2学期が始まるまでに保管場所を見つけなければなりません。運び出した道具類は焼けてはいませんが煤や埃をかぶって、汚れてしまっていました。でも、卒業記念作品である校歌の額が無事であったのは幸運でした。
 体育館は既に(株)須賀工務店さん(JCの先輩です)が担当して、窓ガラスなどの撤去作業を始めており、校長先生のお話では明日、市教育委員会と今後の対応について協議されるそうです。壁や屋根を修理するとなると相当の費用が見込まれるので、校長先生には着任早々の重い仕事となりますが、がんばって頂きたいと思います。PTAとしても、体育館を使用する予定だったバザーや親子ふれあいタイムも変更を余儀なくされると思います。
 夕方には大杉神社の祭礼へ参加いたしました。新方地区は古利根川沿いの景観が美しく、水田が広がり神社の森が点在しています。しかし、基盤整備は遅れているため、道路や水路はこれから整備していかなければなりません。交通網が整えば、素晴らしい住環境となると思っています。神社では、お神楽の写真を撮らせて頂きました。


大杉神社祭礼
 夜からは、大袋地区体育祭の実行委員会がありました。ここでも、青木校長先生から火災の状況について説明がありました。大袋小は大袋地区で最も古く、私の在学中も含めて長い間、地区で唯一の小学校でした。それだけに卒業生も多く、地区の皆さんも心を痛めている事と思います。さて体育祭では、大袋小PTAは毎年、大竹神社で駐車場係だそうです。ちょっと、楽そうです。

 2007年7月25日(水)大袋小学校体育館で不審火


体育館の様子を見る消防団の皆さん

校庭に集まった消防車

 午前5時半過ぎ、朝7時から大袋駅で古川候補の駅頭挨拶をするために起きたころ、消防車のサイレンの音が聞こえました。大袋分署はすぐ近くですから、どちらの方向へ向かうのかと思うと我が家の西のあたりで直ぐに音がやんでしまいました。「火事じゃないのかなぁ」と思っていると、毎朝、祖父を訪ねてくる叔父が「大袋小の体育館が火事だ」というものですから、慌てて自転車で小学校へ向かいました。
家を出て数十mも進むと、もう焦げ臭い匂いが漂っています。私はいつものように小学校の北門から校内に入りましたが、煙は体育館の南側からモウモウと上がっていて、何人かの保護者や近所の方が心配そうに見守っており、消防団が駆けつけていました。近所の方に聞くと、「犬の散歩をしていたら煙が上がっているのが見えたので通報した」と言っていました。消防団の皆さんも、午前5時50分過ぎには召集されて駆けつけたそうです。青木幹男校長を始め、先生方も集まっていらっしゃいました。
 見守るうちに6時半頃にはほぼ鎮火しましたが、体育館の中は水浸し。未だすごい熱気が残っていて、鉄製の手すりや大時計が本当に飴のように、ぐにゃりと融けてしまっていました。南側の壁や天井は外が見えるほど酷く焼けていて、積まれた運動用マットが黒く焼け焦げていました。前にも書きましたが、この体育館は私が卒業する年に完成しました。それが36年を無事に経て、私の長女が卒業する年に焼けてしまうとは…。
 その後、大袋駅で8時まで街頭活動をし、浦和の選対本部へ行き、午後2時からは自民党の比例街宣車が新越谷駅に来るので手伝いに行きました。関口議員も古川候補夫人と一緒に越谷入りしてがんばっていましたが、私は体調が優れずダウンしてしまいました。夜は、浦高の後輩である渡辺克也さん(オーボエ)のコンサートがあったのですが、出かけることができませんでした。誘ってくださった久伊豆神社の小林夫人、申し訳ありませんでした。大して働いていないのに、疲れるだけ一人前では申し訳ないと反省しています。


 2007年7月22日(日)先週の台風のお蔭で


大林東納涼会

 午前10時から、先週の雨で順延になった大林東自治会の納涼会が大沢北交流館で開かれました。朝のうちは雨だったのですが、昨日、住吉新生自治会で会った西山会長が、「雨でもやる」と断言していたら、なんと天に気が通じたのか晴れてしまいました。それでも、子ども神輿は1基だけとなり、ちょっと残念でしたが。そこで、沼田自治会の柴会長から恒例の「鰻を食べる会」へ、「中国産ではなく国産鰻だから」と誘って頂きました。
 11時からは家庭倫理の納涼祭へ出席し、新入会員として紹介して頂きました。倫理法人会には入会していましたが、阿波踊りの倫理連に参加していたら、いつの間にか家庭倫理にも入会していたみたいです。でも、挨拶運動などでも顔見知りの方が多くいらっしゃるので、気楽に参加できそうです。
 12時からは「鰻を食べる会」ですから、ずっと何も食べずに我慢して、会費300円の鰻を頂きました。昨年も頂きましたから2回目になりますが、夏はやっぱり1回は鰻を食べないと元気が出ないような気がするから不思議です。「土用の丑の日には鰻を食べよう」とは平賀源内が考えたと聞いたことがありますが、まぁバレンタインのチョコレートよりは歴史と説得力があると思います。
 午後1時からは、先週中止になった千間台西連合のお祭りで残ってしまった焼き鳥を焼いて食べるという生地会長のお誘いで、千間台西5丁目の納涼会へ参加しました。しかし、大変な猛暑になってしまい、2,000本?の焼き鳥を焼いて食べるのは大変な作業のようでした。でも、知り合いの鳥屋さん直売の焼き鳥はとっても美味しく頂きました。こう書いていくと、食べてばかりいたようですね。でも、炎天下ではこれも一つの難行苦行かもしれません。


 2007年7月21日(土)大袋幼稚園夏祭り


お父さんの会でお手伝い

 今日は、大袋幼稚園の夏祭りです。お父さんの会はPTAのお母さん達、先生達と一緒にゲームの設営や運営、駐車場係と結構忙しい1日となります。雨になりそうとの予報だったため、昨日は夜9時から急遽サイゼリア千間台店に集合して雨天にそなえて段取りをしましたが、無事晴天となりました。何しろ園児が多いものですから、駐車場から新園舎のボール投げやバザー、体育館のカエル跳びや魚釣り、旧園舎での食事の引き換えまで、大忙しで皆さんクタクタでした。でも、子ども達はアトラクションの越谷太鼓や盆踊りを十分楽しんだようで、家に帰ってくると疲れて早々に寝てしまいました。お父さん達は皆んな働き者で、仕事を探して動くところは流石に手馴れています。私も2年目になって、だいぶ様子が分かってきました。次は、8月末のキャンプファイアーが活躍?の場になります。ちなみに、越谷太鼓で中央に写っている西ヶ谷先生は大袋幼稚園に勤めています。
 その後、後片付けも早々に失礼して、住吉新生自治会や出羽地区の納涼大会へ出席しました。住吉新生自治会には、JCで同期だった石毛先輩もいらっしゃって、いつもお付き合いして下さいます。でも、「お互いに20年以上の付き合いになるけど、年取ったなぁ」なんて、昔話をして少し老け込んでしまいました。出羽地区は出羽公園で盛大に花火を上げて賑やかな納涼会でしたが、提灯で描いた「出羽」の文字はきれいです。「大袋」だと「袋」が難しいから無理だと思いますけど。


迫力ある越谷太鼓

出羽納涼大会の「出羽」の文字

 2007年7月19日(木)参議院選挙が公示されて1週間が経ちました。


松沢県議の第1打

石井みどり候補の個人演説会で挨拶する関口参議院議員

 先週の公示日当日に予定されていましたが、雨のために1週間順延されていた松沢邦翁県議(越谷市)後援会主催のグランドゴルフ大会が、早朝から開催されました。私は関口参議院議員と古川としはる候補両方の代理?として出席いたしました。朝8時からでしたが、古川選対本部は朝7時に事務所の鍵を開けなければならないので、今日はゆっくり出動です。昨年の大会では、急遽、グランドゴルフに参加して初めてプレーしましたが、ショートとオーバーの繰り返しで、一緒に回ったベテラン諸兄の慰めを沢山戴く羽目になってしまいました。今年は、残念ながら選挙の真っ最中ということで、古川候補への応援のお願いと挨拶もそこそこに、浦和の選対本部へと戻りました。来年は、是非プレーして進歩したところを見せたいのですが、よほど練習しないと無理かなぁ。
 夕刻からは、比例区に立候補している石井みどり候補(歯科医師連盟)の個人演説会が、越谷サンシティ小ホールで開催されました。会場は満員で、埼玉県東部地区の歯科医師あるいは医療関係団体の皆さんが多数、出席していました。先日の中西しげあき候補(歯科技工士会)の場合もそうでしたが、比例区は団体推薦の候補者が多いため、個人演説会に参加すると、部外者には分かり難い推薦団体やその周辺が抱える問題や要求が良くわかり勉強になります。全国で選挙運動を展開しなければならないため、越谷で比例区候補者の話を聞く機会は少ないのが残念です。
 石井みどり候補は自民党惨敗のなかでも無事に当選され、同じ歯科医師として関口議員もホッとしたことと思います。残念ながら、多くの医師連盟や薬剤師連盟関係の候補者らが落選してしまったため、是非、医療関係全般を代表して国民の健康を守るために活躍して頂きたいと思います。


 2007年7月14日(土) 夏祭りのシーズンが到来です。


PTA三校合同講演会

 午前中は、ポラスセミナーガーデンにて阿波踊りの講習会がありました。私は鳴り物担当なんですが、踊りを知らないとリズムが合わないということのようです。実際に習ってみると、思っていた以上にではなく思っていた通りに難しく、全くの初心者の私に先生が何も注意しないのは、未だ指導されて直るレベルに達していないと言う事のようでした。でも、踊らないんだから良いんです。
 午後1時半からは北部市民会館でPTA三校合同講演会(大袋中、大袋小、大袋東小)が開かれました。講師は家庭教育カウンセラーの内田玲子氏でした。子どもの教育よりも親の教育と強調されていましたが、ものすごくパワフル。亡き橋本龍太郎首相が田中眞紀子代議士と見間違えたとおっしゃっていましたが、納得。教育の現場にも、元気、ハッキリは必要です。

 台風が近づく中ではありましたが、越谷市内各所では夏祭りや盆踊りがおこなわれました。大沢では八坂神社の祭礼で一丁目から四丁目までお神輿が出ていましたが、雨のためビニルシートを被せて練り歩いておりました。褌姿の若い衆は元気いっぱいでしたが、道端で出会った越谷JCのT先輩は、「中止になったら何処で飲もうか?」とさかんに悩んでいらっしゃいました。
 高畑自治会も盆踊りの準備は万端整っていましたが、自治会館内でのカラオケ大会になりそうでした。そのほか、袋町八坂神社、本町三丁目の市神神明社でも祭礼が行われていましたが、翌日の祭礼や盆踊りはみんな延期や中止になってしまったようです。でも、こうやって見ると越谷市内のお祭りってものすごく沢山ありますね。袋町では、「昔、疫病がはやった時にお祭りが始まった」と聞きましたが、みんな曰く云われがあるんでしょう。小さなお祭りにも歴史が込められています。


袋町八坂神社祭礼

大沢八坂神社祭礼

東大沢高畑自治会盆踊り

 2007年7月7日(土) 明治神宮崇敬会越谷支部会員の集い


初めて都庁に来ました。
 大袋地区センターを朝7時に出発して、明治神宮へと向かいました。崇敬会は祖父が会員になっていて、私は昨年に続いて2回目の参加です。越谷支部からは16台のバスが連なり、北葛支部、川崎支部と3支部合同にて会員の集いが行われました。私は新米なので崇敬会の趣旨を正確に説明する自信はありませんが、幕政が終焉し明治という新しい国家を建設しようとしていたころの、真摯で向上心に燃えていた時代をもう一度思い出そうと言われているような気がします。成熟したと思っていた時代が、実は老衰してしまっていたのかもしれません。一人ひとりの国民が、「自分にも時代を変えるチャンスがある」と感じていた若々しい国家には、もう戻れないのでしょうか。現代でも、確かに時代の寵児といえる人物は現れていますが、物欲や金銭欲が背景にあるようで淋しいかな。国が歩んできた道を振り返ることは、学ぶべきことは学べば決して無駄にはならないでしょう。


 7日は先負でしたが明治神宮は結婚式で大賑わい、特に外国人観光

明治神宮は、花嫁・花婿でいっぱい。
客の皆さんはシャッターを切るのに大忙しでした。会員の集いは、講演会、会に貢献した会員の表彰や神事で終了し、バスは東京都庁へと向かいました。土曜でお休みの都庁は閑散としていましたが、私は初めてなので、展望台に登ってお土産を幾つか買い、すっかりお登りさん気分になってしまいました。しかし、都庁も議場もちょっと立派過ぎるなぁ。

 2007年7月4日(水) 参議院選前最後の駅頭


雨の中、せんげん台駅西口で朝の挨拶

 来週から参議院選挙が始まるため、選挙が終わるまでは朝の駅頭は中断することにしました。そのため、今日が参議院選前の最後の駅頭になりました。初めて雨の中での駅頭となりましたが、朝6時半からせんげん台駅西口にて、藤森市議、白川市議そして江原市議と一緒に開始。諸先生、有り難うございます。
しかし、7時過ぎに民主党の皆さん(船底元市議や大石市議など)がいらっしゃったため、途中から東口へ移動しました。民主党の皆さんは沢山の幟旗を持っていらっしゃるので、我々も民主党の応援団みたい見えてしまいそうなので、誤解を避けるためです。私達は越谷市政について報告や意見を述べているのであって、参議院選挙について特定の候補の応援はしていませんから。
 参議院選の応援については、日にちを改めて越谷市内の各駅駅頭で活動しています。既に、6月21日(大袋駅)、28日(蒲生駅)、7月3日(せんげん台駅)と行いました。先月27日の大袋駅駅頭でも、公明党さんと一緒になりましたが、大袋駅は東口しかないので10分交代でやらせて頂きました。いよいよ、日本全国選挙モードです。


 2007年7月1日(日)大竹神社の祭礼

 朝9時前に大竹神社に集合し、神事のあと宮出しし、大竹中を練り

神輿は如何に肩を痛めないかに係っています。
歩きました。大竹自治会だけでは担ぎ手が足りず、毎年、千間台西を始めとして各地から加勢して頂きます。時々交代しながら、夕方の4時半頃まで担ぎとおしますが、毎年肩が腫上がるので今年は両肩にタオルを載せて準備しました。でも、昨日痛めた右肩は一度も使えず、左肩一本で担ぎ続ける羽目になってしまいました。
昨年は、神社を出発後100mばかりで1回目の小休止があり、また100mばかりで2回目の休憩所がありとやや拍子抜けでした。その反省かどうか、今年はルートが変わって、溝に落ちそうな細い道を往復するオプションがあるは、休憩は無いはという強行軍でした。休憩所や小休止の度に、担当のお宅の皆さんが飲み物やご馳走を用意してくださり、山車や子ども神輿を担ぐ子ども達はもちろん、結構エネルギーを消費している我々も大助かりです。お神輿を担ぐリズム感を取り戻すまでは肩が棒にゴツンゴツンと当たるし、背丈が合わなくてもやはり肩を痛めてしまいます。結局、威勢がいいのは声だけで、痛くないように上手に担ぐ方法に腐心しているだけのようで。加勢の皆さんは流石に元気が良く、地元勢はすっかり煽られてしまいます。


最後の踏ん張り、宮入り。
わが子たちも山車を引いて歩きましたが、アイスキャンディーやら西瓜やらお菓子やらと貰ったり食べたりするのが楽しみで、最後までがんばっていました。一番つらいのは、午後4時頃に大竹神社へ戻って宮入りしてから、境内で30分間くらい(実際はもっと短いのかもしれませんが、長く感じます)、お神輿を揉む場面です。ここは地元の大竹ががんばらなければならないので、最後に残っていた体力を全て搾り出すようで、ちょっと悲壮な気分になります。休みはありますが、担ぎ始めてから7時間くらい経っていますから、もう限界です。30歳台、40歳台の地元の元気な若者を募っています。同級生の奥さんから、「来年は家の旦那も誘ってね」と頼まれたので、自分の身体の為にも仲間に入れておかないと。でも、皆で一日ヘトヘトになると、結構楽しいものです。
私が子どもの頃はお神輿はなくお神楽だけだったと思うので、お神輿を始めてからは今年で30余年のようです。でも、お神輿も現在2代目となり、すっかり地元に馴染んようです。

 

毎年の楽しみ、アイスキャンディー。

小さな子ども達は、山車を曳いて練り歩きます。

子ども達も通う大袋幼稚園で昼食。

すくった金魚は、未だ元気で泳いでいます。