2007年9月30日(日) 蕎麦の会・花見会


秋雨に咲き乱れる蕎麦の花
 早朝6時半、昨晩はお父さんの会で遅かったため暖かい布団は去りがたかったのですが、南越谷駅へとでかけました。しかし、乗るべきバスを探しあぐねて冷たい秋雨の中、傘を差して歩いていると眠気から無理やり引き剥がされてしまいました。目指すは、朝霧高原の蕎麦畑です。でも、蕎麦は知っていても朝霧高原は知らず、中央道へ乗ったので日光や信州方面ではない、山梨かと思っていたら静岡へ到着。傘を差して、杉木立ちに囲まれた蕎麦畑に降り立ちました。
蕎麦は肥料や水をあまり必要とせず、播種から60日程度で収穫できる救荒作物として山間で栽培されてきました。先ず目を引いたのは、普通は白いはずなのに赤い蕎麦の花でした。8月5日に播種した「高嶺ルビー」という品種で、信州大で品種改良されて種の値段は普通種の20倍もするそうです。味はあまり美味しくないと言っていましたが、帰宅してインターネットで調べると、ネパール原産の赤蕎麦と信州大産の赤蕎麦があるようです。ともに「高嶺ルビー」と記載されているので混乱しますが、収量は後者のほうが多いようです。味について前者は「観賞用」、後者も「腰が強い」とは書いてありますが美味しいとは書いてありませんでした。

静岡県水産技術研究所富士養鱒場
 その後は、音止の滝、白糸の滝、静岡県水産技術研究所富士養鱒場、朝霧高原温泉と立ち寄り、越谷へ帰ってきました。音止の滝は降り続ける雨で増水し、ゴウゴウと音を立てて流れ落ち、曽我兄弟が仇討ちの密議をしようとしても轟音で聞こえなかったというのも肯けました。養鱒場も杉木立ちに囲まれた幽玄な雰囲気につつまれ、時折マスが跳ねる水音だけが聞こえていました。残念ながら一日中雨が降り続けていたために、富士の裾野にいながらその姿を目にすることはできませんでしたが、その雰囲気は感じることができました。ただ、「蕎麦の会」だったのに花を見ただけ、一本も口にできずではどう説明したらよいのでしょうか?そう言えば後ろに、「花見会」と書いてあったっけ、と帰宅してから気がつきました。




降り続く雨で増水した「音止の滝」

朝霧高原温泉で一休み

 2007年9月29日(土) 自民党越谷支部拡大イベント


古川俊治新参議院議員
 自民党越谷支部では、毎年一回、党員獲得のための拡大イベントを実施しています。昨年は私も担当の一員になり、舛添要一参議院外交防衛委員長(現厚生労働大臣)をお呼びして、講演会を開きましたが、今年はボウリング大会になりました。当日は、ボウリングに77名、その後の交歓会には100名弱の参加がありました。私も今月は2名の拡大をしましたが、参議院選の惨敗以来、「本当に入党していただけるんですか?」と、思わず聞いてしまいました。地域でがんばっている党員、議員の皆さんのためにも、福田新総理には、国政における信頼回復に努めていただきたいと願っています。ボウリング大会と交歓会冒頭には、先の参議院線で当選した古川俊治新議員も久しぶりに来越し、ご挨拶していただきました。是非、ふるさと埼玉のために活躍していただきたいと思います。
 拡大イベントはカラオケ大会になる寸前に失礼して、大袋幼稚園お父さんの会に出席しました。一応は来月の運動会に向けての打ち合わせだったのですが、最後に締めた後、当日8時15分集合と確認しただけで、結局は懇親会でした。こんな具合で、毎月のように懇親会を開催しながら、お父さんの会は団結してがんばっています。決して、打ち合わせは口実ではないのです。





ボウリング大会始球式

拡大イベント交歓会

 2007年9月28日(金) 大袋幼稚園プレ運動会


年少組と年長組の走りを比較すると
 今日は大袋幼稚園のプレ運動会です。秋の合間の真夏日でしたが、子ども達は10月6日の運動会本番に向けて、練習の成果を披露しました。しかし、炎天下の子ども達、少しかわいそうでした。何もできなかった年少の子が入園から半年で、お遊戯や競走をする。年長になると、鼓笛隊を組んで演奏し組み体操までできるようになる。幼児期の成長力、吸収力はたいしたものです。もっとも、小学生のように流血することもなく砂だらけになっても無事でした。年少と年長の走り方を比べてみると、2年間の成長は歴然としています。赤ちゃんが子どもになったと言っても良いくらいです。
 夕方には、妻、母と一緒に竹花真弓さんのマリンバ・コンサートを聴きに、草加市文化会館へと向かいました。竹花さんは今月、草加せんべい大使を委嘱され、またマリンバを通じて障害者に対する音楽療法を実践するなど、ふるさと草加のために活躍しています。会場には今井代議士や草加市選出の蒲生県議会議員など党派を超えて、各界の先生や市民の方がたくさんいらっしゃっていました。コンサートは軽快な音楽にフラダンスを交え、おまけにオリジナルコナコーヒー煎餅が付いていました。これは、11月にハワイ島公演を控え、ハワイ島のコナコーヒーと草加煎餅を融合させたものだそうです。越谷にも「越谷・・・」を、是非作りましょう。でも、私は甘いコーティングをしたお煎餅は苦手なので、未だ食べていませんが。これは、好き嫌いなのでしょうがないですけど。

国旗掲揚、注目?する子ども達

年長組の賑やかな鼓笛隊

年少組:猿のサルサ?らしい。

年長組の組み体操、お尻が真っ白です。

 2007年9月22日(土) 大袋小学校秋季運動会


我が娘は女子アナの卵でしたが
アドリブが利きません。
 朝のうちは曇りがちのお天気でしたが、直ぐに晴れ上がって運動会日和となりました。我が娘も6年生、小学校最後の運動会です。PTA役員の皆さんも、朝から駐輪場の整理や会場・用具整理などお手伝いです。本部役員は来賓接待と新入児受付なので、テントの下で楽しているかも。一番大変だったのは、炎天下の校庭をカメラ両手に駆け回る広報さんかも知れません。今年はこれまでより、日陰の場所取りが人気だったような気がします。今年は防球ネットが完成して校庭もきれいになりましたが、体育館が工事中であるため使えず、お昼ご飯を校庭で食べる家族が多かったためでしょうか。
 私が6年生だった時には6クラス、その時の1年生は17クラスあって校庭にプレハブ校舎が立ち並んでいるマンモス校でした。今は各学年2クラスずつなので、赤白で優勝を争います。私のころは、1組は赤、2組は黄色、3組は緑といった色分けでしたが。今は午後3時前にはプログラムが終了して片付けですから、子ども達の出番も多くのんびりとした運動会のような気がします。でも、運動会の楽しさには変わりはありません。

卒業する長女と入れ替わりに
次女が入学します。
 1・2年生のお遊戯には6年生のお母さん達も「かわいいー!」と叫び、リレーには我が子が出場していなくても興奮して声援を送り、「腰が痛い」などと言い訳しながらもお父さん達は綱引きに参加しました。山口瞳のエッセイの主人公、江分利満氏は運動会が涙が出るほど好きだと言っていましたが、お約束のように誰かが転び、子ども達が必死で走り、家族が本気で声援をおくる運動会。楽しいですよねぇー。
 終わるころには、応援と砂埃と熱中症?ですっかり疲れてしまって。でも、子ども達となんだかんだ言いながらテントを片付けるのもまた楽しい。一日中、日なたにいてもまったく元気なので、感心してしまいます。準備から片づけまで、先生方、PTAの皆さん、お疲れ様でした。特に、今年は屋外のトイレが火災の影響で使えなかったために、代わりに使用した1年生のトイレをお掃除した5年生理事の皆さん、最後まで有難うございました。
 さて結果は、今年も昨年に続いて赤組の優勝となりましたが、我が娘は1年から4年までが白組、5、6年が赤組で、結局6年間ずっと優勝することになりました。まぁ、実際には勝利に貢献する活躍をしたわけではなく、運が強かっただけですが。で、なぜか「6連覇をお祝いしてお寿司にしてほしい」と娘にせがまれ思わぬ出費となってしまいました。

運動会といえば騎馬戦

組み体操では負傷者(擦り傷ですけど)続出で
救護班は大忙し。

大玉転がしも運動会恒例です。

保護者の綱引きですが、私は何処にいるでしょう?

 2007年9月21日(金) 米ピザとネギ焼きを試作し試食


生地を麺棒で伸ばします。

 来月21日に開催される越谷市民まつりに、「農産物ブランド化促進の会」の模擬店を出店する予定です。昨年から、議員連盟・産業促進部会の皆さんと、「越谷の農産物を全国ブランドとして展開できないか」と活動していますが、越谷中島のネギと米粉で作ったピザを市民の皆さんに試食していただこうと考えています。そこで先ずは米ピザの美味しさを確かめようと、試作して試食することにしました。
 JA越谷で購入した米粉ミックスで生地を作り、ラップに包んでしばらく寝かせると発酵してパンパンになります。ここまでは、江原市議が準備してくださいました。生地を麺棒で薄く伸ばすのですが、私が担当すると円にはならずに三角やら四角やら、どんどん複雑な形に変形していきます。トッピングは勿論ネギとチーズがメインですが、ソースも含めてトッピングの量も微調整が必要です。ネギの存在感が伝わりながら、お年寄りにも美味しいピザが目標です。藤森・菊地市議はネギ焼き担当、浅井・白川市議は試食・講評担当?でした。結局、シンプル イズ ベストなのかもしれません。若者にも試食してもらいましたが、こちらはやっぱりこってりがお好みのようでしたが。
 皆様、是非、越谷市民まつりにお越しください。そして、市役所西側の通り、「農産物ブランド化促進の会」ブースにお立ち寄りください。「行列ができてしまうんじゃないか」と、捕らぬ狸の皮算用をしてお待ちしています。


完成形は企業秘密?です。

オリーブオイルや秘伝のダシを塗りましょう。

 2007年9月17日(祝) 長月の会「文化の集い」


長月の会「文化の集い」

 夏に戻ったかのような日差しの中、越谷能楽堂において第7回長月の会「文化の集い」が開催されました。先日、ラオス大使館に行った時には、ラオス語で字幕が出るカラオケに驚きましたが、言うまでもなく世界中の子ども達がポケモンやドラえもんに夢中になっているように、日本発の新しい文化は世界中を席巻しています。ケーブルTVでは、オール外人キャストの豪州製ウルトラマンを放送していましたが、彼の国の子ども達は、もともと日本の番組だったなんて思ってもいないことでしょう。
 その反面、最近話題になったように、国際柔道連盟の理事選挙において山下泰裕が落選し、日本人理事が一人もいない事態になるところであったこと。また、ワイドショーを賑わしているモンゴルへ戻ってしまった大相撲の横綱 朝青龍と、日本伝統の武道、スポーツ文化は大きな壁に直面しています。でもこれは、一島国の文化が世界に普及していくために、乗り越えなくてはならない障壁なんでしょう。でも、ある伝統文化の担い手が外国人ばかりになってしまったら、その文化は連綿と続いてきた歴史から切り離され、どんどん異なるものへと変質してしまうのではないでしょうか。武道がスポーツになり、ゲームになるように。
 日本の伝統文化をしっかりと守りながら世界へ発信していくためには、その最高の担い手がいつも日本人であるように、後継者を養成していく努力が必要です。そのためには、日本における文化の裾野を広げていかなければなりません。長月の会の会員の皆さん、役員の皆さんも、そのためにがんばっていらっしゃると思います。
 今日は、日本の伝統文化である書道や日本舞踊、琴や尺八の演奏、華道や茶道ばかりではなく、フラダンスや写真など様々な展示があり、幅広く楽しめる「文化の集い」でした。


書道や写真の展示もありました。

華道古流本領一広師匠のお祖父様が作った灰皿に
花を生けたそうです

 2007年9月16日(日) 出羽野球大会秋季大会2回戦・沼田フェスティバル


三角広場に立つ柴自治会長(左)

 先週に引き続き、早朝7時から出羽の野球大会がありました。谷中ドルフィンズとの対戦でしたが、初回にいきなり4点を先取、しかし後はじりじりと追い上げられて味方のエラーもあって逆転されてしまいました。最終回まで追い上げましたが、相手チームも守りが堅く、結局8対9で敗戦。春秋連続優勝はなりませんでした。私も途中からセカンドに入りましたが、6回裏同点のチャンスに良い当たり?のショートライナーで凡退。チームに貢献できませんでした。また、練習しておかないと。
 試合に勝てば、決勝戦までの合間にユニフォーム姿で行こうかと思っていましたが、しっかり着替えて沼田自治会フェスティバルに参加しました。自治会の皆さん手作りの、生春巻き、麻婆豆腐など頂きながら、談笑。三角広場でも的当てなどゲームをしていて、私も子ども達へのお土産に景品を当てることができました。こちらの自治会も年間を通じていろいろとイベントを行い、地元のお年寄りも多数参加されていて和気藹々としています。出席していたご近所の自治会の皆さんの話題は地区体育祭が主で、「うちの自治会は、今年は優勝だ」とか「うちは4連覇の後一回休んで5連覇だ」とかお国自慢?が盛んでした。皆さん、地元のコミュニティづくりにがんばっていらっしゃいます。


 2007年9月13日(木) ラオス人民民主共和国大使館を訪問


ビアラオで乾杯!

 古風に六本木アマンド前で待ち合わせ、埼玉ラオス友好協会の皆さんと一緒にラオス大使館を訪れました。アマンド前なんて20年振りです。麻布警察署の前を通り、六本木ヒルズを曲がってほぼ時間通りに伺いましたが、大使館員の皆さんはもう玄関外で待っていてくださいました。少し遅れて、土屋義彦友好協会名誉会長もおいでになり、大使館の皆さん、ラオス留学生協会の学生達を交え、ビアラオで乾杯してパーティが始まりました。
 挨拶の中でシートン大使は、今朝ブアソーン首相に電話をして、ラオスにおける介護士養成を推進し、ラオスに日本人向け老人ホームを建設するなどの案に、賛意を示していたと話していました。やはり挨拶をされた、医療法人埼友会 後藤善和理事長は、認知症介護に日本人だけでは手が間に合わない時代が必ず来る。少なくとも仏教国ラオスと日本では、宗教という文化の一つに違いがないので介護の担い手として適しているかもしれないと話されていました。


シートン大使、土屋先生とラオスの盆踊り?

宴たけなわで記念写真
 ラオスの皆さんは日本語がとっても上手な方も多かったのですが、まだ勉強中という方とは私も怪しげな英語でいろいろと話をしました。向に座ったお医者さんは、以前はノルウェーに留学していて、日本には4年間滞在するそうです。でも、ノルウェー語ができなくても英語で大丈夫だったとのこと。日本語はまだ勉強中なんだそうですが、長く母国を離れて勉強する意欲には感心します。
 パーティはほとんどラオス料理でした。ラオスのお米はもち米で、いわゆるお強です。手でちぎって握りながら食べるんですが、握るほど粘りが出て美味しくなるそうです。使う手は右でも左でも構わないそうで、左手は不浄といった考えはないんですね。「ラオスのご飯」の写真で説明すると、手前の黒い四角いものは河で採れる海苔で大蒜を混ぜて天日で乾かし、油で揚げてあるそうです。少ししっとりとしていて、油っぽくはありません。手前は鶏肉を炒めたもので、ご飯にかけて食べます。右に見える肉味噌のようなものは、バッファローの皮を唐辛子に着けたものだそうで非常に辛く、やはりご飯に付けて食べます。
 ラオスの麺は、お米が原料で豚肉が入ったスープで食べるんですが、ココナツやピーナツも入っていて、口に入れた瞬間ラオスへトリップした気がします。お代わりして2杯食べてしまいました。最後はラオスのデザートなんですが、もち米の上に玉子焼きが乗っているとっても甘いお菓子です。包みはバナナの皮なんですが、日本で売っているんでしょうか?いずれも、日本にある味の料理は一つとしてないと言えます。
 食後はカラオケで画面はラオス語でした。アニメに限らず日本文化の浸透は恐ろしいほどです。マイクはシートン大使が握って、ラオスのヒットソング(多分そうだと思います)を歌い続けました。他の皆んなは、日本の盆踊り様の手の動きで踊っていました。何曲も踊ってすっかり汗をかき、楽しい友好の時を過ごすことができました。留学生の皆さんも将来は母国を担って立ち、日本の良き理解者として両国の架け橋になってくれることでしょう。

ビアラオとラオスの麺
ラオスのご飯

ラオスのデザート

 2007年9月12日(水) あいにくの雨でしたが、せんげん台駅西口で朝の駅頭から


せんげん台駅西口で雨の駅頭

 朝から雨が降っていましたが、せんげん台駅西口で、藤森正信、金井直樹両市議と一緒に駅頭挨拶を行いました。雨のため、独協埼玉中高校生がバス停に長蛇の列を作っていました。男子高校生は、マイクで「おはよう」と呼びかけると面白がって答えてくれていました。両市議は9月議会の報告を交えて、せんげん台駅から市立病院までバス路線が検討されると話していました。産業道路が通じているのですから、それを利用してより利便性の高い路線網を考えて行きましょう。昨日の9月議会一般質問では、地元の武藤智市議の質問に対し、大袋駅を市負担で橋上駅に改良するとの答弁がありました。大袋駅西口線完成に合わせてとの要望には、明確な回答はありませんでしたが、大袋地区を住民がもっと便利に暮らせる街にして行かなければなりません。


聴診器を配る越谷ユネスコ協会の皆さん

 午後は、大袋小学校で越谷ユネスコ協会主催の「命の大切さ」講演会「聞いてみよう!やってみよう!」が開かれました。私も、6年生の娘とともに出席しました。講師は、春日部市あゆみクリニックの藤川万規子先生でした。聴診器を子ども達に全員に配り、自分や友達の心音を聴かせて、音やリズム、速さの違いに気付かせ、心音の違いが心臓の形の違いであり、人間一人ひとりが異なっていると教えていました。人間は、一人として同じ人間が居ないからこそ尊いのです。子ども達に体験から命の大切さを教える、良いお話でした。越谷ユネスコ協会会長の斉藤宥雄先生とも久しぶりにお会いできました。
 私が企業の研究所に勤めていたころ、遺伝子組み換え操作によく大腸菌を使っていました。形質転換をしてコロニーを拾うと、コロニーを形成している大腸菌は、1個の大腸菌から増殖した同じ遺伝子を持つクローンということになります。だからクローンを少し取っておけば、後は全てプラスミドを取るために使ってしまっても、また増やすことができる訳です。1個1個の大腸菌の命って、考えたことはありません。カイコの場合には、品種といっても遺伝的にはバラツキがあるためクローンとは言えません。でも、同じ品種の雄雌がいれば蚕種を採ってまた増やすことができます。1頭1頭に個性って感じられません。
 遺伝的に異なり、育った環境が異なり、一人ひとりが異なる個性を持つ命って貴重なものなんです。でも、大腸菌やカイコの命は大切じゃないのか?と聞かれると困りますね。何千何万何億という大腸菌やカイコの命を使わせてもらった身としては、「無駄にしなかったので許して」としか言えません。実験に失敗して無駄にしたこともありますから、言い訳にしかなりませんが。マウスやラットだと、血液や脾臓を取るときに心が痛みます。年に何度かは、お線香をあげて供養するのが普通です。細菌、昆虫、哺乳動物と高等生物?になるほど心が痛むのは、人間の勝手な思いかもしれません。

 2007年9月10日(月) 今井宏代議士を囲む残暑払い


家庭倫理こしがや懇親会で挨拶する蛯沢倫理連連長


 午前中は越谷市議会を傍聴しましたが、南越谷で開かれた家庭倫理の会こしがやの懇親会に出席しました。家庭倫理もやはり9月から新年度なので顔合わせも兼ねてです。新米会員の私も自己紹介させて頂きました。倫理連で知り合った方も多いので、これからも宜しくお願いいたします。


辞令交付式で緊張する米山越谷市倫理法人会会長








 その後、倫理法人会の役員に対する辞令交付式に出席するため、大宮に向かいました。毎年のことなんですが、返事の仕方、号令の掛け方、辞令の受け取り方など細かいリハーサルがあります。今年も越谷市倫理法人会では幹事を引き受けましたが、もう少し真面目に出席することにします。辞令を受け取っている各単会の皆さんは、ずっと志に燃えているように見えてしまいます。


今井宏を囲む残暑払いで挨拶する今井代議士


 辞令交付式は途中で失礼し、ポルティコホールで開かれた今井宏代議士を囲む残暑払いに出席しました。草加・越谷の今井先生を応援する後援会、県議、市議の皆さんが集まって大盛会でした。先に行われた参議院選挙の第3区支部選対の解散式も兼ねていたようですが、古川俊治参議院議員はいらっしゃいませんでした。さぞかし、国会で忙しいことと思います。看板類は私が作りましたが、筆文字との注文がついたので書体に迷いました。ちょっと力強さが足りないフォントだったかもしれません。国会も風雲急を告げているので、代議士の先生方は臨戦態勢でしょう。なかなか残暑も消えないのかもしれません。


 2007年9月9日(日) 出羽野球大会秋季大会


西中は小さな選手も元気いっぱい

 早朝7時に出羽公園に集合し、7時半から出羽野球大会秋季大会の開会式がありました。我がファイブスターズは春季大会で2部優勝を飾りましたが、優勝カップの返還をすっかり忘れていて、失敗。8時から始まった1回戦は、春季大会でも対戦した越谷市立西中学校でした。元気や溌剌さでは抗すべくも無い我々は、開会式からして「中学生と対戦するチームは手本となるよう恥ずかしくない試合を」などと釘を刺されて、とっても不利でした。 
 試合はエラーがらみで先制されてしまい苦しい展開。しかし、大人のパワーを見せつけてホームラン3本で逆転。5対1で勝つことができました。でも、ホームランの内1本はセンターに好捕されながらも、フェンスのラインを超えていたためにホームランとなるラッキーなものでした。捕った野手に拍手です。私は途中からDHで出ましたが、セカンドフライ1本でした。朝早かったためか、お母さん達の黄色い声援が少なかったのが勝因かも。
 昼からは後援会の人達と一緒に、春日部演歌まつりへでかけました。春日部市民文化会館は超満員で、私は普段から演歌はあんまりと言うよりはちっとも聴かないのですが、出演したプロ歌手の皆さんもサービス精神旺盛で、初めての演歌コンサートを楽しむことができました。日本骨髄バンクへのチャリティー募金も兼ねていたので、私も小銭だけですが協力させて頂きました。当日は地元越谷の飯田数子さんや、春日部市倫理法人会の太陽昇さんも出演されました。
 皆さんは越谷へ戻りましたが、私は春日部に居残って野口ダンススクールのダンスパーティに出席しました。相変わらずダンスはしないままですが、笑顔であるいは真剣な顔で踊っている皆さんを見るのも楽しいものです。プロの技も素晴らしいし、今回は市川桂子先生の長男、学さんがダンスパートナーの寿子さんとご結婚のお祝いもあって、お祝いムードの賑やかなパーティでした。今日は、楽しんでばかりいた一日だったかもしれません。


 2007年9月6日(木) 工芸新樹会第16回公募展


埼玉県立近代美術館

 7月の参議院選挙の当選以来久しぶりに、浦和の古川俊治事務所へ呼ばれました。選挙中は後援会名簿などの管理を担当していたので、その残務整理のためです。もちろん選挙事務所は引き上げたので、以前使用していた小峰ビルの事務所へ戻っているのですが、機器や資料もすっかり無くなってしまっていました。参議院議員の地元事務所は、選挙が終わるとこんなにも静かになってしまうものでしょうか。土屋義彦先生、関口昌一と2人の参議院議員の秘書を勤めましたが、ちょっと静か過ぎるような気がします。多くの有権者の支持があってこその議員ですから、地元は大切にしましょう。古川氏も漸く暫定的とは言え秘書が決まったそうですから、今後の活躍を期待します。
 越谷市議会の一般質問が始まるので越谷に戻らなければならないのですが、せっかく浦和に来たので、埼玉県近代美術館で開催されている「工芸新樹会第16回公募展」を見学に行きました。高校時代は北浦和に通っていたので、美術館が北浦和公園に有ることは知っていましたが、知って30年目にして始めて訪れる機会を得ました。工芸新樹会とネオステンド・アート協会からは、たびたび展覧会の案内を頂くのですが、今回は今までとは違う作品に多く出会いました。これまでは、平面的で、立体であっても平面の作品を組み合わせたものという認識だったのですが、今回の作品は立体的に画面から飛び出すようで、まるで塑像のような作品もありました。樹脂に木の粉を混ぜて質感を出したりしたそうで、ネオステンド・アートの新しい魅力を見ることができました。作品の写真を撮って来ればよかったのですが、著作権が心配だったので美術館の外観でお許しください。常設展もあるので、埼玉県民は一度訪ねてみては如何でしょうか。


 2007年9月5日(水) 駅頭での朝の挨拶を再開


地元大袋駅で駅頭を再開
 7月の参議院選挙、8月の埼玉知事選挙と大きな選挙が続いたため、2ヶ月間は選挙妨害にならないよう駅頭での街宣活動はお休みしていました。今月から、また朝の駅頭を再開します。まず初日は、地元の大袋駅から始めました。早朝にもかかわらず、地元大袋地区の石川下公、武藤智両議員、桜井地区の白川秀嗣、藤森正信、金井直樹、菊地貴光各議員と多くの皆さんが応援に来てくださいました。また元気に、朝の挨拶と政策の主張を行っていきます。
 夜は先月8月10日に開催された議員連盟市民集会の反省会が開かれました。議員連盟の役員と10人ほどの一般市民が集まり、今後の市民側としての活動について意見交換をしました。私も世話人の一人として、産業振興や行財政改革について勉強会や啓発活動をお手伝いしていきます。

 2007年9月2日(日) 大袋地区体育祭


大袋小PTAは駐輪場を担当

 大袋小PTAから選ばれて地区体育祭の実行委員になっているため、朝7時半から地元の大竹神社で駐輪場係りです。でも皆さん、会場になっている大袋小に自転車を停めるので、地元の人くらいしか来ないのでとっても暇でした。しかも、会場となっている大袋中を見通せないため競技の結果も分からず、更に退屈です。大袋地区といっても広いので、大竹に住む我々は便利ですが、東武線の東側や国道4号の南から参加する皆さんは結構大変です。自転車を一生懸命こいで参加して下さっていましたから、大竹神社に停めようとすると、「もう少し行けば大袋中ですから、そちらの駐輪場が便利ですよ」と教えてあげました。決して、駐輪台数を少なくして楽をしようなんて考えていません。


植竹浄水先生おめでとうございました。








 しかも、10時過ぎには武藤正雄連合自治会長の車に載せてもらい、浦和ロイヤルパインズホテルで開かれた、大袋わかば幼稚園の植竹浄水先生の瑞寶雙光章受章をお祝いする会に向かいました。体育祭にも心が残りましたが、植竹先生にはいろいろと相談に乗ってもらっており、是非お祝いさせて頂かなければなりません。会長が、「正装でなきゃいけない」というので、ジャージから急いで礼服に着替えていきましたが、園児の保護者の方々や先生方も多く、越谷市内全ての幼稚園が集まっているような賑やかな会でした。私が学生時代に家庭教師のバイトで教えていた小学生が、「子どもが幼稚園に通っているんです」なんて出席していたり、思いがけず楽しい会でもありました。子ども達を教え育てる楽しさって、大人になった子ども達に思いがけない所で会ったり、一人前になった姿を見る処にもありますよね。
 さて、祝賀会中も私の携帯には、地区対抗リレー前までで大竹自治会は全種目1位と体育祭の戦況がメールされてきていました。武藤会長は携帯が電池切れだとかで、始めは心配だからすぐ帰るといっていたのですが、戦況有利なためか「肉を食ってから帰ろう」と余裕を見せていました。結局、ちょうど閉会式が始まる時に帰り着き、大竹自治会は9連覇を達成致しました。始めから「祝賀会」となっていた打ち上げも予定通りに行い、皆んなで練習の成果を喜び合いました。ただし、武藤智君が「ジャイアンツも9連覇まででした」と挨拶したのが、来年はどうなるのか一抹の不安材料です。

子ども縄跳びも第一位

障害物競走の優勝記念写真

応援合戦

綱引き準備のため地下足袋に履き替えます。

 2007年9月1日(土) 越谷倫理連打ち上げ式


唯の宴会風景ですが、越谷倫理連の打ち上げ式です。
 先月行われた南越谷阿波踊りに参加した、越谷倫理錬の打ち上げ式に出席しました。メンバーの皆さんとは一週間ぶりです。当日の踊りに参加した方ばかりではなく、食事や飲み物の準備をしてくださった方や、連の警備担当として観客の皆さんの整理、誘導に当たってくださった方まで、一堂に集まって当日の感想を発表して互いに労をねぎらいました。写真は既にカラオケ大会になってしまってからの一枚ですが、私も鳴り物トリオで一緒に、「宇宙戦艦ヤマト」や「函館の女」を歌いました。お蔭様で、太鼓を敲いている方が向いていると充分自覚できました。皆さん、お疲れ様。