2007年10月30日(火) 長月の会日帰り研修旅行


試験湛水中の滝沢ダム
 早朝7時に越谷駅西口をバスで出発し、長月の会研修旅行に参加しました。最初の目的地は、秩父市で建設中の滝沢ダムです。滝沢ダムは平成19年度完成予定で、現在は試験湛水中だそうです。ダムの下流には巨大なループ橋が架かっており、山間に美しい景観が展開されています。秩父荒川水系には、二瀬ダム、滝沢ダム、浦山ダムそして合角(かっかく)ダムと4つのダムが建設されています。ダムの役割は、1) 大雨によって流出した大量の雨水を貯水池に貯める事によって、河川の流量を軽減し水位上昇を遅らせて洪水調節を行う。2) 渇水期に河川の流量が不足すると、貯水池から水を補給して下流の取水を安定化し、河川環境の保全も行う。3) 放水を利用して発電を行う。4) 水道用水の補給などです。滝沢ダムは、毎秒4.6tの取水が可能で、内3.74tが埼玉県へ、0.86tが東京都へ供給されるそうです。荒川流域には930万人が暮らし、流域内資産額は150兆円にのぼるそうです。滝沢ダムは秩父荒川水系で最大のダムであり、その治水や利水における役割は非常に大きいものがあります。遠く離れた秩父で、越谷市の水が確保され安全が守られている訳です。

ループ形状の美しい廿六木橋
 滝沢ダムの見学を終えた私達は、おがの山荘へと向かいました。おがの山荘は指定管理者制度が導入されていますが、閉鎖・売却が計画されているそうです。おがの山荘は、埼玉県が合角ダムの水源地対策として、国土庁(当時)の「山村若者定住構想」事業の認可を受けて開設した「みどりの村」に、市民保養施設として20年前に開館しました。県では4都市の進出を期待していたそうですが、結果的に越谷市のみが施設を開設、その見返りに越谷市は6万2千t/日の県水を取得する権利を新たに得て、合計12万5千t/日の県水を確保することができました。市民一人当たり400L/日の水が必要だと言われているので、12万5千tは31万2,500人分とほぼ越谷市の全人口に相当します。「みどりの村」では、売店なども閉鎖されてしまい、おがの山荘だけが営業している状態です。閉鎖するにしても、今後も県水の確保だけは確実にしておかなければなりません。滝沢ダムの総事業費は2,320億円、およそ100万人分の水を供給できます。例えば、越谷市の32万人分の水を補うダムを造るとしたら、単純計算で約750億円が必要になります。一般には、毎秒1tの水資源を開発するためには200億円が必要と言われています。平地にある人口密集地域である越谷市が水を確保することは、容易なことではありません。
 おがの山荘で昼食を摂り、お風呂に入ってゆっくりした後、もう一つのダム、合角ダムへ向かいました。合角ダムは平成15年に完成、小鹿野町と旧吉田町(現秩父市)にまたがって建設されました。貯水池は西秩父桃湖といい見るのは初めてですが、4年ほど前に随分と新聞を賑わしたことは記憶に新しいかもしれません。毎秒1.0tの取水が可能だそうです。ダムから下流に見える元気村も水源地対策として建設されたもので、手前の三角屋根は屋内ゲートボール場、奥に見える半円形の屋根はレストランや売店だそうです。合角ダム建設に伴って移転した世帯は75戸、滝沢ダムの場合は112戸でした。住み慣れた土地を離れる人たちの犠牲の上に得られる水を大切にしなければ。


熱心に滝沢ダムの説明を聞く。

合角ダムと西秩父桃湖の碑

合角ダムから下流の元気村を望む

 2007年10月28日(日) 七五三を祝う。


転ぶ練習、おっとっと!

だいぶ緊張もほぐれて・・・
 今年は、次女が満6歳、末っ子長男が満4歳になったため、一緒に七五三の祝いをする事になりました。妻は朝から子ども達に着付けをしたり大忙し、私はそれほどでもの筈だったのですが、昨日、越谷市倫理法人会の北原京子副会長から電話がありました。北原:「明日、5時半から時間ありますか」、私:「明日は子ども達の七五三を予定しているんですけど」、北原:「私も孫の七五三よ。朝、家庭倫理の会でおさそいデーなんだけど」。日曜日の朝5時半から、眠る以外の予定がある人って余りいないと思います。「ハイ、行きます」と応えてしまい、4時には起きなければならなくなりました。真っ暗だった空も会が進むにつれて明るくなり、阿波踊りで一緒だった会員の方も多いので、続いての朝食会も美味しく頂きましたが、やっぱり忙しい朝になってしまいました。
 最初に写真屋さんで記念写真を撮りましたが、次女は緊張して表情が堅く、兄弟三人でしばらく遊ばせて漸くリラックスしてきました。続いて久伊豆神社にお参りしましたが、大変な混雑で大忙しの様子。でも、並んだ列の後ろが娘の幼稚園の同級生だったり、皆同い年なので一緒に七五三なのは当たり前ですけど。色とりどりの晴れ着姿は綺麗でしたが、我が娘も早速ポックリで転びそうになり、幸い着物は無事でしたがポックリは泥だらけ。親御さんたちも、はしゃぐ子ども達に気が気じゃないことかと思いました。我が家は、93歳の祖父から4歳の息子まで、4代8人が同居する大家族です。私が幼稚園のころまで、曽祖父が健在でしたから4代が同居していました。豚や鶏もいたので、もっと大家族。兼業農家だったので、学校から帰ってくると血抜きのために庭木に鶏がぶら下がっていて、羽を毟る手伝いをさせられたりしましたが、あの強烈な臭いも今となっては良い経験でした。子ども達にも、世代を超えた生活から知恵を受け継いでもらいたいと期待しています。




93歳から4歳まで、従兄弟たちも交えて記念写真

久伊豆神社はとっても忙しそうでした。

 2007年10月21日(日) 越谷市民まつり


ピザの試食風景
 早朝7時、越谷市役所西側道路わきにテントや机を置いて、『農産物ブランド化促進の会』の模擬店を店開きしました。昨日準備した米粉生地を麺棒で展ばし、ネギを刻んで準備を進めます。米ピザは約500人分用意しました。9時から試食を始めましたが、予想していたような長蛇の列になることはありませんでした。それでも、人通りが増えるにしたがって呼び声に立ち止まる方が増え、焼き上がりに時間がかかる米ピザは大忙し。ネギ焼きが始まると、ジュッという油の音とネギの香りの効果で、更にお客さんが増えてきました。ネギ焼きは、カモの脂身で炒めるためただのネギ焼きとは一味違います(でも、私が味見する時間はなかったんですが)。
 お客さんの感想は、小麦粉のピザとは食感が違ってモチモチしているし、お酒の肴に適している。ネギとも良く合っていると好評でした。ピザもネギ焼きもあっという間に売り切れ(無料ですけど)、11時半には店閉まいとなってしまいました。越谷中島地区のネギといっても知らない方も多く、農業の振興のためにはもっとネギとは限らず、越谷の農産物を知ってもらう必要が有ることを痛感しました。その反面、ディスプレイのために置いてあった、立派なサツマイモやカブを買いたいと言う声も多く、安心して食べられる地場の農産物に対する市民の関心は高いものです。近場で販売するコストダウンとメ地場産野菜モというブランド力、安全・安心・安価という消費者ニーズを結びつければ、農業活性化の道も開けてきます。でも、農業が充分な利益を上げられる魅力的な仕事になるためには、全国的とはいわないまでも首都圏では通用するブランド力が欲しい処です。

ピザを持って記念写真
 米の消費拡大という点から、米粉の活用についても調査する必要があります。米ピザを試食した方の多くは、ピザのレシピのコピーを持って帰られました。何処で売っているのか、問い合わせも多く有りました。現在は、JA本店直売所においてあるそうですが、パッケージなど商品の形態としては完成したものになっていないそうです。潜在的な市場はある程度は見込めそうなので、量的にはともかく売れる形を作っていく(試作していく)事も必要です。
 さて、模擬店は皆様のご協力のお蔭で大成功に終わり、来年は販売しようかとの意見もでました。お金を頂くとなると、より完成した商品にしなければなりませんが、是非トライして「越谷ブランド」の促進に結び付けたいと思います。



ピザ生地を展ばす。

ネギを刻む100円の新兵器

ネギ焼き拡大写真、右端は鴨の脂

 2007年10月20日(土) 市民祭り模擬店の準備を行う。


自民党越谷支部の街宣活動(せんげん台駅東口)
 今日は午前中から、自民党越谷支部の定例街宣活動がありました。私はせんげん台駅東口10時の予定で待っていたのですが、街宣車が到着したのは11時。参加者が少なかったので街宣車を洗車してきたとのことでしたが、そりゃあ、綺麗な方が良いのは確かだけど。午後からは明日の市民祭り準備のため、街宣はせんげん台駅と北越谷駅だけ参加して失礼してしまいました。写真は、金井市議が写メールしてくれたものです。
 市民祭り模擬店の準備は、米粉ピザ班とネギ班に分かれて行いましたが、どう考えてもネギ班は手持ち無沙汰でした。ピザ班は、44枚分の生地を捏ねて量って分けて丸めてと大忙しだったそうです。江原市議をはじめ、「語る会」の女性会員の皆さんもお手伝いしてくれました。ネギ焼きの鉄板を載せる台は新しく製作したそうで、さすがに自動車を改造してしまう藤森市議の会社だけのことはあります。
 準備が終わってから、19時45分に地元の恩間公園に集合して校外パトロールに参加しました。夏休みに計画されていたパトロールが台風の為に中止となっていたので、私としては初めての参加です。大袋小PTAだけではなく、大袋中PTAや地元地区の皆さん、青木大袋小校長も参加して、大袋小、野合公園、大袋中、西大袋第七公園などをパトロールして回りました。意外だったのは、大袋小校内に高校生がたむろしていたり、近所の方が太極拳?の練習をしていたり。基本的に無人だとばかり思っていたので、驚きました。高校生達には早く帰るように注意しましたが、屋外で照明があり、人目につかないとなると危険があります。照明の下には、誰が吸ったのかタバコの吸殻も散らばっていました。今年、火災があったばかりですから尚更注意が必要です。最後に、初めて第七公園のローラースラーダーの頂上に上りました。直ぐ近くなのに機会がなかったのですが、なかなか素晴らしい眺めです。今度は明るいうちに登ってみたいと思います。


米粉を機械で捏ねる。

重さを量ってピザ1枚分に分ける。

ネギを洗う。

 2007年10月19日(金) 越谷市倫理法人会総会

 ら・ぽーれにて、倫理法人会の総会が開催されました。私は所用があって遅れて会場に着いたのですが、昨年の総会はやま平で料理を前にして行い、出席者も少なかったのでそのつもりでいました。ところが、会場のドアを開けてみるとモーニングセミナーよりも多くの会員が、真面目な顔をして会用のテーブルに着席していて、先ず面食らってしまいました。「どうしたんですか」とも聞けずに会議は進められ、粛々と終了いたしました。私は上部団体である倫理研究所の決算報告について質問をし、事務局から資料を見せていただくとの回答を頂きました。毎月1万円という会費を納めており、その内少なからぬ部分が研究所へと上納されているのですから、当然、明確な収支報告が公開されていなければなりません。
 懇親会はいつものように和やか且つ賑やかに行われ、私も名ばかりの親睦副委員長として司会を務めました。年に一回、総会だけ出席する会員や、私のようにモーニングセミナー以外の行事には比較的良く出席する会員もいるので、自己紹介も行って今年度の抱負なども発表しました。私も、1月に発表したモーニングセミナー4回に3回は出席という抱負を早速修正し、4回に1回出席と誓わせていただきました。倫理法人会の課題は、会員の拡大ではなく、様々な行事に出席した事のない会員の掘り起こしだと思います。


倫理総会で議長を務める原田親睦委員長

総会後の懇親会は和気藹々

 2007年10月18日(木) 大袋小学校ウォークラリー


旧道を渡って国道463号へ向かう。
 朝7時45分に小学校校庭に集合し、全校生徒で県民健康福祉村までウォークラリーが行われました。私もPTA役員として、協力員のお母さん方と一緒に経路の要所要所、危険と思われる場所に立って安全確保のお手伝いをしました。福祉村までの経路は、ほとんどが田園風景の中を歩くため前後から来る自動車は少ないのですが、自動車が横切る小さな交差点が多く油断は出来ません。子ども達は学年を超えて班を組んで歩きますが、高学年の子ども達は後輩たちの面倒を良く見ているようでした。ただし、進行速度は班によってかなり違い、このあたりは班長の個性もあるように感じます。班長がスタスタと歩くと皆がスタスタと歩き、班長がブラブラと歩くと皆がブラブラと歩く、といった具合に。




旧浦和県道を横断する押しボタン
 南荻島地区内の荻島小までの道は、歩道の整備が不十分で横切る自動車も多く危険も多いと思います。また、特に危険を感じたのは旧浦和県道を渡る押しボタン信号で、5人以上のお母さん達が付いていても青信号の間隔が短く、カーブに位置しているために見通しが悪い横断歩道です。旧道と国道463号を結ぶ市道も、ガードレールはあるものの歩道は未整備で、子ども達は途中から車道を歩かなければなりません。周辺に事業所があるためにトラック等の通行も多く、近所にお住まいの方に聞くと危険を感じると言っていました。西新井地区内の遊歩道はきれいに整備されていましたが、管理が行き届いているという印象は受けませんでした。ウォーキングなどで利用する方は、余りいないのでしょうか?
 それでも、保護者の皆さんの協力、先生方の指導、初めての一年生も含めて子ども達の頑張りで何の事故も無く、無事にウォークラリーを終了する事が出来ました。私達は自転車ではありましたが、初めて人力で?健康福祉村まで行く経験ができました。道の安全は、歩いてみないとなかなか実感できないものです。何気なく自動車で走っている道も、歩きや自転車の子ども達にとっては多くの危険が潜んでいます。社会的に弱者である子どもの視線で基盤整備を進める、という考え方が必要だと感じます。

 2007年10月14日(日) 南町秋まつりでも、お神輿を担ぎました。


出発前に、義父と息子と記念写真
 日曜日9時、大杉公園に集合して越谷ユニオンズと練習試合。このところ出番がなくて、ずっと一塁コーチャーズボックスで退屈していました。勿論、ランナーが出ればそれなりに忙しいのですが。でも、試合前の練習で充分な運動になっているから、健康のためなら怪我もないからかえって良いかも知れない。
 お昼過ぎに義母から電話があって、妻の実家がある蒲生南町で秋まつりなんだけど、お御輿の担ぎ手を急遽募集とのこと。昼ご飯を食べる暇もなく、駆けつけることになりました。小さな子ども達だけは、朝から実家に来ていたので一緒にお祭りに参加できました。半纏、股引、ゴム底の足袋まで貸していただき準備万端、お神輿は南部第二公園から出発しました。子ども達のお御輿や山車について、あまり揉まずに南町三丁目の南部第四公園などを経て、およそ2時間ほどで戻ってきました。農家が点在する畑の中を進む大竹の夏祭り、商店街を進む久伊豆神社の秋祭りとも趣が違い、ほとんどが住宅街を進むお御輿でしたが、道路に座り込んで食べるオニギリやトン汁の美味しさは皆同じです。お昼ご飯を抜いていたばかり、ではありません。

 2007年10月13日(土) 大袋小でバザーを開催


松沢くにお県議グラウンドゴルフ準備中

 早朝6時半、千間台第四公園に集合して、松沢くにお県議会議員後援会主催グラウンドゴルフ大会の準備をお手伝いしました。事務局のような役割をしていたのですが、PTAの本部役員をしている大袋小のバザーと重なってしまったため、準備しか手伝えませんでした。でも、グラウンドゴルフのコースを作っていく様子を見るのは初めてだったので、感心しながら見学してしまいました。
 準備が終わったところで失礼して、7時45分集合でバザーの準備に取り掛かりました。もっとも、学年理事さんや協力員の保護者の皆さんが各々担当しているので、数少ない男性は焼きソバ焼き係を集中的に担当します。これは、鉄板やコンロを設置するといった力仕事を兼ねてということだと思います。男性といっても先生を含めて7?8人の少数勢力ですから、もくもく且つ和気藹々と一日鉄板に向かっている訳です。焼きソバ係の大敵は熱でして、長袖に軍手をしていないと耐えられません。私は油を染み込ませたタオルが引火しているのに気付かず、掴んでしまって焼きユビまで作ってしまいました。でも、昨年初めて体験した時には、1回焼くとすっかりくたびれてしまったのに、今年は3回続けて焼いても平気だったのには驚きました。進化したんでしょうか?


メガホンで和太鼓の呼び込み中


怒っているのではなく、高熱に耐えているのです。

  
 途中で一回、鼓葡萄(こぶどう)による和太鼓の演奏をちょっと担当したほかは、焼きソバに専念し、キャベツが多かったためか予定よりもだいぶ多い焼きソバを生産し、しかも売り子が素晴らしかったためか完売することができました。1個200円を100円にするタイミングが絶妙?でしたね。私は、和太鼓の呼び込みのためにメガホンで校内を一回りしたほかは、どこも見学できませんでしたが、当日券も含めてほとんど完売だったようです。私の子ども達も、「どこ行くボール」とか「目指せメジャー」といったゲームで景品を貰い、かき氷などを食べて満足していました。ただし、焼きソバではなく、「揚げダコが一番美味しかった」と言っていたのは癪でしたが。
 バザーは無事に終了(若干1名の役員さんが転んで腕を打撲しましたが)し、片付けになるとやはりお母さん達は素晴らしい。男には、料理はしても片付けは苦手って多いんですよね。片付けの途中で、「島村さ?ん」と呼ばれたので「お母さん方にも人気が出てきたかなぁ」といそいそと寄って行ったら、「あそこにゴキブリがいるので退治して下さい」と頼まれました。何で、私が昆虫関係の研究室にいたことを知っているんだろう?確かに大学院時代、先輩と一緒に、研究室でメA子ちゃんモとメB子ちゃんモというゴキブリを飼っていましたが、専門はゴキブリではありません。ちなみに、メA子ちゃんモというのは農学部図書館にいた可愛いバイトの女子大生の名前です。確かに中学生時代、理科の授業で昆虫を捕まえて持ってくるように宿題を出された時、ゴキブリを持っていきましたが、それでも専門はゴキブリではありません。まぁ、ゴキブリ、ハチ、クモ、イモムシ、ケムシなんでも扱ったことはありますけど。
 さて、片付けが終わって皆さん帰られた後、本部で会計をします。これが結構大変な作業で、細かくきっちり説明がつくように集計していきます。利益もちゃんと出て、会長が言っていた、グルグルジェットを設置する予算や理事さん達から要望があった調理器具を買う予算もでそうです。皆さま、お疲れ様でした。来年も、地域の皆さんと協力して、お客さんがもっと集まるような工夫をして行きたいと思います。


どこ行くボール


目指せメジャー


鼓葡萄の和太鼓



 2007年10月10日(水) せんげん台駅西口朝の挨拶から

 早朝7時、せんげん台駅西口朝の駅頭から今日が始まりました。今日は、地元せんげん台の菊地貴光市議、武藤智市議、金井直樹市議そして藤森正信市議が参加してくださいました。マイクを交代しながら朝のご挨拶をしましたが、だんだん調子に乗ってきて最後は予定の8時を過ぎてしまいました。もう少し早くから、リズムがつかめるようにしていきたいと思います。しかし、独協高校スクールバスの発車を告げるマイクの声は、特別元気が良いですね。もっと、元気を出さないと。


せんげん台駅西口で演説する金井市議


 夜は御茶ノ水の総評会館で開かれた、「がんばろう日本!」定例講演会「官僚内閣制から議院内閣制へ?逆転国会を考える」へ出席しました。講師は、飯尾潤政策大学院大学教授でした。所用があったので1時間ほど遅れての出席となってしまいましたが、早口で内容の濃い「講義」でした。現在の参議院で議席数が逆転している状況において、自民党は2/3条項(日本国憲法59条)や両院協議会(国会法84条)といった手法を使わず、行き詰ってしまう可能性がある。これに対して、民主党は参議院における駆け引きを通じて経験を積んでいく。解散が早まる可能性ありとのことでした。
 現在の状況は、衆議院の優位性が不十分であるため、任期が6年と長く解散がない参議院で勝利した政党が安定し、結果的に衆議院を解散に追い込んで政権を段階的に握る可能性が高いことを示しています。自民党も、国政において真の意味で議院内閣制を確立するために、頭を切り替えて法を駆使して対応し、政治に遅滞がないように民主党と切磋琢磨していただきたいと思います。


 2007年10月7日(日) 市民体育祭と久伊豆神社秋まつり


何と、スケート連盟の旗ができました。


大袋地区子ども玉入れ選手団

 早朝7時45分、市民体育祭の開会式入場行進にスケート連盟として参加するため、しらこばと運動公園に集合しました。昨年は駐車場に車を入れるまでに大渋滞したので、今年は自転車で出掛けました。自宅から、10分程度ですね。連盟の参加は昨年に続いて2回目ですが、今年は洒落たライトブルーの連盟旗ができ、黒いブルゾンも揃って団体っぽくなりました。黒いブルゾンは暗いとちょっと不評でしたが、枚数が揃うのは黒だけだったとか。しかし、スケート連盟は少女達のコスチューム姿が可愛いので、地味な黒い役員は無視されて、いつでも注目の的です。早く子ども達の練習環境を整えて、未来のオリンピック選手が巣立ってほしいものです。
 スケート連盟でお世話になっている小松豊吉さいたま市議もいらっしゃったので、先ごろ2人目が承認されたさいたま市の副市長についてお聞きしたところ、元大宮市の総務部長をされていたそうで行政には明るい方のようです。もう1人の副市長さんは、総務省からの出向とのことでしたので、政令指定都市のさいたま市でも職員出身の副市長は1人、今まではいなかったということになります。やはり、越谷市では組織改革が喫緊の課題です。
 今年は子ども玉入れが地区対抗種目となり、地元大竹の子ども達が大袋選手団の一員となって出場、私の長女も選手に選ばれました。その上、入場行進ではプラカードを持たせていただきました。競技はというと、思うように玉が入らずに完敗。大相模地区は2回とも100個全てを入れてしまうパーフェクトで、練習量の違いを感じました。後で聞いたところ、1年中泣きながらでも練習しているとか。でも、同じ子供同士ですから、大竹の子ども達もどんどん上手になるに違いありません、ご苦労様。大相模地区は応援も一番元気が良く、好成績も頷けました。




緊張の入場行進


スケート連盟も入場行進


子ども玉入れ、競技中




白丁姿で記念写真、首が短いのは肩当のせいです、念のため。

 市民体育祭はお昼で失礼して、久伊豆神社の秋まつりの還御行列参加のため、越ヶ谷へ向かいました。ただし、お神輿を担うため白丁(はくちょう)と呼ばれる白装束に足袋姿なので、自転車で越ヶ谷まで行く勇気はなく、自宅に帰って着替えてから車で送ってもらいました。お神輿は昨日、渡御して今日は久伊豆神社まで還御する訳ですが、お神輿を担う者は輿丁(よちょう)と呼ばれています。お神輿は百貫あるそうですから、4貫15 kgなので375 kg有ることになります。昔は8人で担ったそうですが、現在は人間もひ弱になったのか10人で担います。それでも一人当たり40 kg近い重量を、横棒がないので不安定な格好で担い、中町集会所を出発して旧道を南に向かいます。新石一丁目集会所を通り過ぎてその先でUターン、今度は北に向かい二丁目会所で西に折れ、越谷駅のロータリーを回って戻り、また旧道を北上して大沢橋でUターン。今度は旧道を東に折れて、久伊豆神社まで十字を描くように歩きます。


笑顔も引きつる重さです。

 2組で代わる代わる担うのですが、だんだん交代のサイクルが短くなります。基本的には揉まない神輿だそうですが、お賽銭が上がると揉むし、交差点では揉むし、四丁野へ帰ると言っては揉むし、越谷駅のコンコースへ侵入しては揉むしで、クタクタです。疲れた原因のほとんどは先導していた大野隆裕先輩のせいですが、お御輿の細かな動きというかアドリブの部分は、「こうやって身体で伝承されていくのか」と納得しました。肩には、写真でも分かるようにスポンジをはさんだタオルを縫い付けてあり、ウルトラマンに出てきたジャミラみたいになってますから痛くはないのですが、重量が肩に食い込んできて堪りません。顔が真っ赤なのも、お神酒のせいではなくて踏ん張っているからです。
 しかし、薄暗くなった参道を進んで本殿前の鳥居で御輿を青年会の皆さんに渡すと還御も終わります。境内は灯火に照らされて荘厳な雰囲気につつまれ、伝統ある行事に参加できた事に感動を覚えました。本当に、めったにできない経験でした。一緒にお神輿を担った皆さん、お疲れ様、そして有難うございました。


 2007年10月6日(土) 大袋幼稚園秋季大運動会


大きな看板の前で記念写真

 今日は大袋幼稚園の運動会です。綿密な打ち合わせをしてきた?お父さんの会は、園児に先立って8時15分に総合体育館に集合し、駐車場の整理に掛かりました。駐車場は広く充分な収容力はあるのですが、余裕を見て体育館に近い池の周りには、先に車を詰め込んでしまいます。駐車場には何台か、放置自動車と思われるものもありました。少なくとも、体育館利用者ではない駐車車両でしょう。お父さんの会OBも協力して、案内板や誘導灯(色紙を巻いた手製なので、晴れた昼間専用かも?)が揃えられており、その働き振りには感心してしまいます。
 運動会が始まってからも、用具の設置・片付け、園児の誘導・整列などお父さんの会は活躍していました。人数もだんだん増えてきているような気がします。おんぶ騎馬戦や親子遊戯にも参加し、忙しくも楽しい一日でした。おんぶ騎馬戦では娘の楓組が優勝したのですが、いきなり優勝インタビューのマイクを向けられて、キャンプファイアーの時のつもりで「私がインタビューして回るんですか?」と聞いたり、「楓組」を「藤組」と言ってしまったり、別の意味で活躍?してしまいました。
 一番盛り上がったのは、もしかしたら「保護者リレー」だったかもしれません。私は、名前が最後に書いてあったという理由で楓組のアンカーになっていたので、大差で勝っているか、大差で負けているかどちらかにしてほしいとメンバーにお願いしておきました。
競走は学年ごとに行ったのですが、競技開始からいきなり転倒続出で、7?8人は転んだようです。つまずくくらいは数知れず。私も始めは滑らないから裸足で走るつもりでしたが、武藤君(武藤智市議のことです)が、力が入らないから運動靴のままが良いというので、プロ?のアドバイスに従いました。


おんぶ騎馬戦に臨む。


次のカーブで、あっさり抜かれてしまいました。




 いよいよ最後の私の出番となったのですが、願いもむなしく渡されたバトンは3位と僅差の2位。娘達の声援に応えられず、最後のカーブで追い抜かれてしまいました。妻は、「あなたは決して遅くはなかったけど、後ろが速すぎた」と慰めてくれました。でも、転ばなくて良かったぁ。後で聞いたところ、一人、肩を脱臼したそうです。保護者リレーは怪我が多いとの理由で中断されていたのですが、今年は久しぶりに復活したそうです。さて、この結果を受けて、来年は実施されるでしょうか。
 運動会も閉会し園児たちもいなくなった体育館で、最後に万国旗を片付けて、お父さんの会と先生方が集合。園長先生を無理やり(少し嬉しそうな顔もしていましたが)、胴上げしてお父さんの会の運動会は終了しました。本当は、園児たちの運動会なんですが・・・。
 大袋幼稚園のお父さん達、「お父さんの会」に入りましょう!


皆んな真面目にメリーゴーランド


またまた、鼓笛隊


屋内なので組み体操でもお尻は汚れません。


よーいドン!


やっぱり、お猿のサルサ


プロレスは競技にはありませんよ。



 2007年10月3日(水) 大袋駅朝の挨拶から

 早朝7時、大袋駅朝の駅頭から今日が始まりました。今日は、地元の武藤智市議、藤森正信市議、白川秀嗣市議が参加してくださいました。9月定例議会では、武藤市議が大袋駅西口改札の開設について質問し、執行部から、越谷市負担により大袋駅を橋上駅舎とし自由通路を設置することを了承する旨、東武鉄道から回答を頂いているとの答弁を頂きました。ただし、西口改札の開設時期については、答弁はありませんでした。今後は、早期実現に向けて取り組んで行かなければなりません。


大袋駅で演説する武藤市議

 午後は大袋小バザーの準備を行いましたが、食券や遊戯券のクラスごとの仕分けやバザー献品の値付け、備品の仕分けなど仕事はたくさんあります。一日のバザーのための準備にも学年理事さんを始め、皆さんに多くの時間を割いていただいています。焼きソバ8個、揚げタコ8個、といった具合に何でもたくさん申し込んでくださった保護者もいて、ご協力に感謝します。バザーは13日の土曜日です。
 夕方からは、参議院自民党秘書会の臨時総会が開かれました。これまでは都心のホテルで開いていたのですが、今回は参議院選で自民党が大敗した結果、秘書会の予算も大幅に削減され、会場は日比谷高校の同窓会館である星陵会館となりました。勿論、出席者も少なくなり寂しいものです。でも、新しく当選された議員の秘書さんも出席していて新鮮な雰囲気もありました。古川俊治候補の参議院選で一緒に働いた元佐藤泰三参議院議員秘書だった阿蘇さんも、新しく末松信介議員の秘書として働いており、久しぶりに再会して堅い握手を交わしました。


 2007年10月1日(月) 明治神宮例祭奉祝全日本力士選手権大会


決勝戦で白鵬が安馬を破り、優勝

 昨日に引き続き、朝7時半にJA越谷大袋支店前からバスに乗り、途中、出羽地区、南越谷地区に寄りながら、明治神宮崇敬会の皆さんと一緒に両国国技館へと向かいました。明治神宮例祭奉祝のため奉納相撲として開催される、全日本力士選手権大会を観戦するためです。両国国技館へは、(社)東京青年会議所が主催する「わんぱく相撲全国大会」に参加する越谷の子ども達を引率して何回か行ったことはありますが、大相撲をここで見るのは初めてです。
開会式典では、財団法人日本相撲協会北の湖理事長の挨拶もありましたが、勿論、問題になっている時津風部屋の序ノ口力士が急死した事や朝青龍の問題について、触れることはありませんでした。新聞によると、この日に時津風親方に対する事情聴取があったそうです。挨拶しながらも、心ここにあらずだったかもしれません。国技館内にも、未だに朝青龍のキャラクター商品の販売は勿論、宣伝看板も置かれていて、何事もなかったようでした。
 大会はトーナメント方式で行われましたが、決勝戦は前回優勝の安馬と横綱白鵬のモンゴル出身力士同士の対戦となりました。明治神宮に奉納する国技大相撲の決勝が、外国人同士ではやっぱり寂しいというのは正直な気持ちです。日本人力士の奮起を期待したいのですが、最近報道されている相撲協会の閉鎖的な体質や、一部ではあっても相撲部屋で暴力が日常化しているとしたら、日本の若者は入門を敬遠するかもしれません。覚悟を決めて祖国を離れたハングリーな外国人力士が強いのは、当然の結果なんでしょうか。
 さて、決勝戦は白鵬が横綱の貫禄を示して優勝しましたが、観客の拍手を聞いていると、十両でとても高く脚を上げて四股を踏む片山や、気合を入れることで有名な高見盛に一段と多く、実力も勿論ですが他の力士と差別化する特徴があると注目されて人気も上がる訳です。案外初めは、実力よりも特異なキャラクターが強力にアピールするような気もします。イメージの時代、虚像の時代と言ったら語弊があるとは思いますが。


国技館の桟敷席



白川市議・戸田代表・中野市長・福嶋元市長


 帰りのバスの出発が遅れて、越谷に帰ってきたのは午後7時を過ぎてしまいましたが、がんばろう、日本!国民協議会主催の、「戸田代表を囲む会」へ遅れて出席しました。ゲストスピーカーとして、福嶋浩彦元我孫子市長、中野和信蓮田市長を迎え、自治体改革・議会改革について講演がありました。残念ながら中野市長のお話は聞けませんでしたが、福嶋元市長のお話の中で、「予算編成や政策決定の過程を、初めから徹底して公開する」、「各種団体への補助金は、3年に1度すべて廃止し公募」といった点は、これからの自治体運営には避けて通れないものだと感じました。市民からブラックボックスだと思われている限り、説明責任を果たしているとは言えなくなってしまいます。
 安孫子市は人口が越谷の半分ほどで、公共資産が少ない小さな行政であると、元市長はおっしゃっていました。越谷市の場合には、おそらく安孫子市よりも公共資産は多いと思われます。これからの行政はこれらの資産を精査、整理して身軽になると共に、有効な資産を生かして財源を豊かにしていく政策も考えていかなければなりません。小さな政府をつくるには、地域の公共サービスを支える民間の主体を育成し成功してもらう必要があり、公共資産を生かすには観光資源の開発や的を絞った企業や産業の誘致も必要です。福嶋元市長のお話にあった様々なヒントを生かして、越谷市にあった政策をつくっていかなければならないと痛感しました。
 もう一つ、ローカルマニフェストには、それぞれの政策がまちの将来ビジョンを実現するためにどのように関連しているのかが、示されていなければならないともおっしゃっていました。政策は単発ではなく、常にそれぞれが関連して総合的に形成されるべきです。2年前の市長選の祭に、ある新聞記者の取材に答えて同じことを話した記憶があります。縦割り行政をまちづくりという一点に向けて集約していくことが、市長の務めだと思っています。