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 2007年11月30日(金)  大袋幼稚園発表会


 毎年恒例の、大袋幼稚園発表会が、サンシティ大ホールで開催されました。これは、実は「お父さんの会」が一番働かされるーと言ったら、園長先生に怒られますがー行事ではないか、と密かに思っています。でも、今年は、毎月のように「打ち合わせ」、「反省会」といっては飲み会を開いている効果?があって、昨年の倍くらいのお父さん達が、お手伝いに集合しました。せっかく仕事を休んでも、舞台の袖か控え室のモニターで我が子の演技を見ることになるのですが、お父さん達は偉い!
 仕事と言うのは、ほとんどが大道具さん兼一部小道具さんです。舞台装置を出しては引っ込め、組み立てては片付けを、オープニングから、第一部の年少、年中、年長の合奏・合唱、第二部の16クラスひとつひとつの演目ごとに繰り返す訳です。先生方が作成した苦心の指図書を片手に、サンシティの大道具さんの指図に従って、ほぼ5時間、飯も食わずに、時々煙草の充満した控え室でお茶を飲んだりお菓子を食べたりしながら、働く?ことになります。でも一番の大仕事は、第一部で全園児が乗っかっていた舞台を、速やかに分解して片付けるところでしょうね。各種の側板やら床板やら台やらを金具をはずして分解、分類してさっさと片付けないと、子ども達の演技が始まりませんからね。それでも、ここは緞帳を下ろして明るい場所での作業です。幕間の作業は、照明を落とした舞台の上で、床に貼ったテープを目当てに装置を組み立てて行くので、また大変なんです。
 でも、子ども達が懸命に演技をし力いっぱい踊っている姿、舞台袖で照明を遮っている事にも気付かずに心配そうに見守っている担任の先生を見ていると、不思議と一体感が沸いて「俺たちも参加しているんだ」と充実してきます。フィナーレで、会場全体で揺れるペンライトを見ると、無事に終わったとホッとしますね。大きな声で歌っていた子も、うちの娘みたいに口パクだった子も良く頑張った!帽子が落ちてきて前が見えなくなっても、一生懸命踊っていた子も、途中でオシッコがしたくなって舞台裏へ駆けて行っちゃった子もOK!「子どもの衣装と同じ色の風船を渡してください」と書いてあったのに、全部違う色になっちゃったけど、これも許してもらおう!お父さんの会の控え室に入った瞬間、思わず出た「今年はお茶もお菓子も無いんだ」という呟きが聞こえたから、すぐにお茶とお菓子が出てきた訳ではありませんよね!
 何にしても、お父さん達もきっと楽しんだ発表会だったと思います。でも、子どもの写真がほとんど撮れず、ちょっと残念でした。


次女は「スペーストラベラー」

長男は「15匹のこぶたとおおかみ」のこぶた


 2007年11月26日(月)  体育館改修工事終了報告会・親子ふれあい鑑賞会



内装も新しくなった体育館
 大袋小学校体育館の火災からおよそ4ヶ月が過ぎ、地域の皆さん、保護者の皆さん、先生方、建築関係の皆さん、行政と多くの皆さんのお蔭で体育館も修復でき、子ども達も体育館で運動、また学習ができるようになりました。予算も、7,000万円ほど計上していただき、善意の寄付もたくさん寄せられました。そこで、校長先生の御計らいで、「体育館改修工事終了報告会」が、新装成った体育館で開かれました。壁、床、天井と新しくなった体育館は明るくなり、不幸な事故ではありましたが、子ども達がより快適に使えるものに生まれ変わったようです。それにしても、この体育館で初めて卒業式を迎えた卒業生としては、「全焼してしまわなくて本当に良かった」と、今更ながら思います。消防団、消防署の皆さん、有り難うございました。これからも、ちゃんと夜間パトロールしないと。

劇団風の子「ようきなハンス」のハンスは
背中の人、正面はお化けです。
 報告会の後は、全校生徒と保護者が一緒に、劇団風の子による「ようきなハンス」という劇を鑑賞しました。映画は見ても、演劇というのはあまり見る機会がないものです。体育館の真ん中に円形舞台を置き、周囲に背景を組み立て、劇が始まりました。子ども達は、お化けが出る場面では大騒ぎをしながら、あるいはシーンとしながら、笑いながら鑑賞していました。最後の質問コーナーでは、劇中で使われていた珍しい楽器、舞台や背景といった大道具、劇中で食べていた食事についてまで、様々な質問が飛び出して、子ども達は本当に真剣に、細かいことにまで興味を持って見ていたんだなぁと、感心させられました。大道具にも、小人数で移動しながら演劇をおこなう劇団の工夫がたくさん見受けられ、大人も勉強になりました。

 2007年11月25日(日) スポーツ・食欲・文化の秋


 朝9時半、越谷市総合体育館の武道場で、日本剛柔流空手道研修館の開設25周年記念「空手道大会」が開催されました。武道場には、八潮、三郷、草加、越谷の空手を学ぶ子ども達が集まっていました。外は青空でしたが、武道場の板の間は冷たく、それでもみんな来賓や館長の言葉に、元気に応えていました。武道は、先人が創り上げてきた日本人の「礼の心」を伝えるもので、単なるスポーツではありません。私も挨拶の中でお話しましたが、これから世界で活躍していく子ども達のbackbone、「自分は何なのか?」という問いかけの答えの一つを、武道の中から見つけてもらいたいと願っています。
 すぐお隣の越谷市民球場では、私の所属するファイブスターズが、秋季大会の準決勝に進んでいました。11月3日(祝)に引き分けじゃんけんで勝ち抜き、「秋の味覚を楽しむ会」当日18日(日)に準々決勝に勝利して、お陰でチームメイトは芋煮の手伝いにこれず、今日の試合に臨みました。しかし、守備の乱れなどが出て苦戦の状況で10時半まで30分ほどベンチで観戦しましたが、心を残して球場を後にしました。結局、敗戦に終わってしまったそうです。でも、今年から一部に昇格したのですから、大健闘だと思っています。
 11時には地元の大竹神社に戻り、自治会の芋煮会に参加しました。昨年は、連理の輪主催の「秋の味覚を楽しむ会」と重なったため、ちょっとしか顔を出せませんでしたが、今年は祖父と一緒に芋煮とつき立てのお餅を楽しむことができました。先週に劣らず、今日も暖かい日差しだったので、お腹が一杯になった祖父はすっかり良い気持ちになって、うたた寝を楽しんでいました。大竹自治会は区画整理が始まったばかりで、大道との間で移転している程度、何十年と長く住んでいる人が多く結束の固い自治会だと思います。大晦日には、また大竹神社で役員の皆さんが夜通し焚き火をして年を越すことになるのでしょう。


日本剛柔流空手道研修館開設25執念記念
「空手道大会」にて須賀顧問と(総合体育館)

ファイブスターズ、準決勝で惜敗
(越谷市民球場)

大竹自治会の芋煮会(大竹神社)


極真空手「全日本空手道選手権大会」
(埼玉スーパーアリーナ)
 12時には大竹神社を後にして、電車でさいたま新都心スーパーアリーナへと向かいました。午後1時から、極真館「全日本空手道選手権大会」が開催されるためです。自分では空手の経験はないのですが、なぜか空手道大会のご案内を頂く縁が多く、大変うれしく思っています。極真館の大会は良く観戦するのですが、試割りから始まる試合は、実戦的で大変迫力があります。ついつい引き込まれて、2時間近く観戦してしまいました。
 越谷市サンシティでは、22日から市民文化祭が開催されています。昨日も、家族と一緒にちょっとだけ拝見したのですが、今日は一人で寄らせて頂きました。2階ラウンジやホワイエでは、ネオステンドアートや越谷市郷土研究会等の展示があり、先月参加した久伊豆神社秋祭りや地元大袋の三ノ宮卯之助に関する発表を、興味深く拝見しました。故郷の歴史は、そこに住む者たちが書き残していかないと、気が付いた時には復元できなくなっていることが多いようです。子どもの頃にずっと行っていた風習でも、やらなくなって何十年かが経ってしまうと、細かいところが思い出せなくなってしまいます。

ネオステンドアートの展示(ラウンジ)
 大ホールでは、越谷太鼓社中による太鼓が始まるところで、小山代表を始め大袋小のお母さんも参加していて、いつもながら熱のこもった演奏を聞かせていました。次に越谷市和装協会の発表がありました。花結びなども賑やかで綺麗なものでしたが、妻が装道を習っているため着装(鏡を見ずに自分で着物を手早く装う)競技会?を見たことも幾度かあります。観客の皆さんが振袖を自装するお嬢さん達に関心するのを聞いて、着物を自分で着ることができるなんて、百年前の日本人なら当たり前だっただろうに、と考えてしまいました。もっとも、阿波踊りの浴衣の帯さえ未だに結べない私が、偉そうに言うことではありませんが。でも、和服のご婦人の姿は格別ですね。
 小ホールでは、ちょうど「秋の味覚を楽しむ会」に出演してくださった、村上先生を始めとする皆さんが琴と尺八の演奏を始めるところでした。先週は馴染みのある曲を選んで演奏して下さいましたが、今日は「飛騨によせる三つのバラード」という難しい曲をゆっくりと聞かせて頂きました。朝からスポーツで始まり、食欲も満たされた一日でしたが、最後はしっとりと日本の文化で締めくくることができました。


越谷太鼓の皆さん(大ホール)

越谷市和装協会の花結び「あやめ」
(大ホール)

越谷市邦楽協会の演奏(小ホール)


 2007年11月18日(日) 「秋の味覚を楽しむ会」 in さなえ幼稚園


 早朝7時に集まって、鍋やら野菜やらコンロやらシートやら座布団やらと道具一式をトラックに積み込んで、今日の会場、大相模のさなえ幼稚園へと出発しました。女性部はお釜を借りてご飯を炊き、芋煮を作って、カレーやキノコ餡かけを温め、男性部はシートを園庭に広げ、テントを張り、駐車場の整理へと向かいます。先週の日曜日は雨でしたが、今日は素晴らしい秋晴れで、後で贅沢にも晴れ過ぎて暑いと言うほどでした。
 今井宏代議士、松沢邦翁県議、伊藤治副議長、島田勝三・菊地貴光両市議、そして地元の中村喜久三・野口昭寿両元市議などご来賓の皆さんを始め、スタッフ・お手伝いの皆さんを含めて150人ほどの「秋の味覚を楽しむ会」となりました。芋煮汁、カレー、キノコ餡かけ御飯などメニューがありましたが、まず第一の人気は「地場産野菜の直売」でした。北川崎の木村さんにお願いして、沢山の農家さんから10種類以上(小松菜、水菜、大根、長葱、ホウレン草、トマトなど)の野菜を集めていただきましたが、あっという間に完売してしまいました。「手づくり市」の岩井さん、中島さんも漬物やカブを持って参加してくださいました。地場産野菜はどのイベントでも人気ですが、これも食への不安の現われなんでしょうか。


カレーを煮る。

開場前に朝食

秋とは思えない強い日差しでした。

ご来賓の皆さん等と一緒に

地場産野菜の直売が一番人気だったかも。

琴と尺八で興趣を添えていただきました。

 アトラクションでは、尺八の栗田晴巳先輩(越谷JCの)とお琴の村上社中の皆さん、民謡と津軽三味線の大輪登志峰ご一家に、数々の演目を披露していただきました。でも、あまりの暑さに琴の弦が伸びてしまったとか。青空の下で御飯を食べると、それだけでも一味違いますよね。恒例の野点もお願いし、皆さんにお茶も楽しんで頂きました。和服を着てお手伝いくださったお嬢さん方、奥様方も、暑い中お疲れ様でした。私の子ども達もお茶を楽しませていただきましたが、末っ子長男はお菓子よりも親指がお気に入りのようでした。
 最後になりますが、前日からお手伝い頂いた『連理の輪』役員を始めとする皆様、快く会場をお貸しくださったさなえ幼稚園の飯島様にも心から感謝申し上げます。


野点をいただく子ども達、お菓子の前に指をしゃぶる。

スタッフの皆さんと記念写真


 2007年11月17日(土) 阿波踊りで老人ホームを慰問


 夏の南越谷阿波踊りを終えてからも、越谷倫理連は週1〜2回の練習を続けてきました。これは、「来年に備えて」という意味だけではなく、今日、越谷市内の介護付き老人ホーム「メディス越谷蒲生」と「メディス北越谷」を慰問するためでした。越谷倫理連は、プロフェッショナルも含めて芸達者な方が多く、慰問のプログラムも、詩吟あり、詩舞あり、歌謡曲と踊り、合唱、最後は阿波踊りまで、盛り沢山です。私は相変わらず太鼓を敲くだけなんですが、今回はなぜか司会を仰せつかりました。まぁ、プログラムの次第と演者のプロフィールさえ抑えておけば、特別に司会の練習ということもないのですが、と油断して当日を迎えました。
 その油断を見透かしたかのように、会場についてから「カラオケのテープが見つからない」等と曲目や演題の変更が相次ぎ、更には時間がかかるから演目を割愛とか、今ひとつ盛り上がらないから削除とか。メンバーの水村錦芳さんが、素晴らしい毛筆で次第を書いてくれたのに、継はぎの訂正だらけになってしまいました。もっとも、水村さんも演目を変更したのでしょうがないところですが。しかし、舞台裏のてんてこ舞いにもかかわらず、お年寄りの皆さんが歌も踊りも喜んでくださり、合唱では共に歌い阿波踊りでは立ち上がって共に踊って楽しんで頂きました。職員の皆さんも、「初めて笑顔を見せてくれたお年寄りもいました」とおっしゃっていました。我々の拙いー本当に拙いところも沢山有ってー芸?でも、笑っていただければ練習した甲斐がありました。
 多くの方が車椅子を利用していらっしゃるので、入退室にも時間がかかり、不自由なところ集まっていただき、有難うございました。最後には、寝たきりのご老人もいらっしゃったので、廊下から室内まで、踊りながら太鼓を敲きながら練り歩きました。ちょっと騒音に近かったかもしれませんが、皆さん、笑顔で迎えてくださりました。
 夕刻、2ヶ所の公演?を終えて戻ると、自宅では明日の『秋の味覚を楽しむ会』準備のため、「連理の輪」の皆さんを始め、多くの皆さんが野菜を切ったり、下煮をしたりとがんばってくださっていました。せっかくの土曜日に有難うございます。皆さんのお手伝いのお蔭で、私も様々な経験をし、地域のために活動することができます。


「阿波踊り」準備風景

「岩壁の母」を歌い踊る。

歌謡詩吟「怒涛の騎士 徳川慶喜」

 午後8時からは、恩間公園に集まって校外パトロールです。防犯ベストを着て自転車で出発。今回は、野合公園から大袋小、大袋中、大袋第七公園と巡回しましたが、先月のパトロールでは大袋小の構内で見かけた高校生も、今回は人影もありませんでした。夜、外でたむろするには寒くなりすぎましたね。第七公園では、公衆トイレの常夜灯が割れているのを発見。先月は割れていませんでしたが、故意なのか事故なのか。公園内にはコンビニの袋が散乱していたので、皆で拾い集めて解散しましたが、ゴミの持ち帰りにご協力ください。


防犯ベストを着て自転車隊出発

大袋第七公園の公衆トイレ、割れていた常夜灯


 2007年11月11日(日) さなえ幼稚園バザー・大袋地区文化祭


 来週の日曜日、『秋の味覚を楽しむ会』で会場をお借りする飯島学園さなえ幼稚園でバザーが開催されました。あいにくの雨模様でしたが、小雨だったので園庭は園児やご家族で賑わっていました。


ショートケーキの門


ゾウに出迎えられて


模擬店でカレーライスや焼きソバを
売っていました。



大袋地区文化祭で絵画クラブの展示

私たちも、カレーライスや焼きソバをご馳走になり、作品展を拝見して回りました。ショートケーキの門や園児の作品展会場にいたゾウも可愛く、それぞれの教室の飾りつけも特色があって楽しみました。お母さん方の手作りクッキーやケーキを売っているところなど、アットホームでとても良いですね。幾つか買って帰りましたが、美味しいクッキーでした。
 午後には、北部市民会館で開催された大袋地区文化祭に、祖父と一緒に出かけました。阿波踊りの舞台上での実演もあり、自分たちの振り付けの参考になりました。昨年はお抹茶も頂いたのですが、今年は遅れてしまって残念。


 2007年11月10日(土) 浦和市立岸中学校同窓会



むかしの遊び「竹とんぼ」


娘の教室の前で

 今日は大袋小学校、教育の日です。私も娘の社会科や音楽の授業を見学しましたが、わくわくルームや低学年の教室で開かれていた、「むかしの遊びをたのしむ会」で一番、時間を過ごしてしまいました。おはじきやメンコ、独楽、竹とんぼ、羽根つき、ケン玉と地域の皆さんが子供たちに指導していました。「防犯パトロール」から帰ってきたら突然頼まれてと言っていましたが、子どもたちと一緒に遊んで楽しんでいました。私も小学生時代にはおはじき、ビー玉、メンコといろいろな遊びをしましたが、今の男の子達は何をして遊んでいるのでしょうか。そんなに昔の話では無いと思うのですが。高校時代に、友達が秋葉原で買い集めた部品でお菓子の金属缶をケースに組み立てたTVゲームで、徹夜で遊んだ記憶があります。今考えれば単純なホッケーゲームでしたが、楽しかったなぁ。夜更けに、その友達が持っていた天体望遠鏡で初めて見た土星の輪、丸い視野の中で細かく震えていた姿、一生忘れないだろうなぁ。今の子供たちも、遊びの中でも一生の思い出をつくってもらいたいものです。


 午後は、大宮で開催された、市議団協議会主催の上田清司知事を講師に迎えた研修会に出席しました。雨が降る中ではありましたが、百名以上の議員や支持者の皆さんが出席していました。上田知事は、いつものように資料や数値目標を示して、防犯や産業の振興、県職員の削減について分かりやすく説明されていましたが、今後の目標、例えば「基礎学力の定着」や文化芸術活動の活発化」など、ソフトの部分をどのようにクリアしていくのかもお話して頂きたかったと思います。「できてしまったもの」の説明よりも、「これからどうするのか」の説明は難しいですよね。


市議団研修会で講演する上田知事







 研修会の懇親会には出席せず、浦和で開かれた岸中学校の同窓会へ1時間ほど遅れて出席しました。去年はホテルで開催だったのですが、今年は始めから居酒屋で二次会という設定だそうです。しかし、ぜんぜん分からない奴もいれば、まったく変わらない奴もいて面白いものです。まぁ、私は最も変わっていない一人だそうで、いきなり「島村君、私誰だか分かる?」と訊かれては戸惑う損な役割でした。今年は、2年8組の時の担任で国語を教わった武井先生が初めて出席されていました。でも先生は、「おう、島村!お前は遠くから通っていたから、俺はいっつも気にかけて居たんだぞ」としんみりさせておいて、「お前、高校は何処へ行ったんだ?」、「あ、そうか。で、大学は?」、「えー、そうなのか」と気に掛けていた割りには何も覚えていないという具合で。さすがに、学校帰りに毎日、「日の丸酒場」に通っていた面目躍如です。
 武井先生の授業で、クラスの全員が数分間、自分が得意な遊びでも趣味でも勉強でも構わないから発表するという時間がありました。私はそこで、趣味で勉強していた生化学について、タンパク質やDNAの構造を書いた図を作って発表しました。その時、クラスで一番人気があった(と思われる)女の子が、キラキラとした目で私を見ていました(と私には思えました)。私の前に、「ハンサムでなくても、スポーツが得意でなくても、女の子にもてる道」が開けたような気がしました。それからの私は生化学の本を読み漁り、ついでにウイルス学の本も読み漁り、高校に進んでもそのまま続けた結果、結局は大学院では昆虫ウイルス学や比較免疫学を専門にし、遺伝子工学や生化学を仕事にすることになりました。所期の目的は達成されませんでしたが、そんな訳で、武井先生の授業が私の人生に大きな影響を与えたのです。しかし今回、初めて先生にその話をしたところ、「そんな授業やったっけ?」とおっしゃっていました。「教師は知らず知らずの内に、生徒の人生に大きな影響を与えてしまう」、教師の皆さん、教師を目指す皆さん、しっかりと肝に銘じてくださるように。
 『1年8組+α』の写真は、向かって左端が脚が長いのが自慢だった長田君、私の右隣が高校まで一緒だった木村君、1年生の時に一緒に秩父へ化石掘りに行ったことを覚えています。あの時採取した石灰岩に貝の跡が刻まれていた化石、何処へいったかなぁ。右端の一重君は1年8組ではありませんが、高校、大学と同じなので特別出演です。彼は、造船学科だったので、「全長300 mを超える船も造っている」と話していました。私が修士論文のテーマにした昆虫ポックスウイルスや、企業の研究所にいたころ遺伝子組み換えをしていたバキュロウイルスはウイルスとして最大級のものですが、それでも全長は300 nm程度です。300 mと300 nmでは10の9乗、10億倍の違いですからね。こっちは、細かいや。『3年8組』は、一番の綺麗どころが揃っていて他の組から羨ましがられました。


1年8組+α


3年8組


私の人生に、知らない内に
影響を与えていた武井先生


 二次会は、同じく3年8組だった小野君の経営する、高砂小学校向かいの「シェフ・デ・ブッチョ」へ行きました。スペイン料理の美味しい店なので、浦和においでの際は寄ってみてください。結局、同窓会開始から8時間後にお開きとなりましたが、時間が経てば経つほど昔のことを思い出し、話はどんどん盛り上がっていきました。


シェフ・デ・ブッチョの小野シェフ
シェフ・デ・ブッチョ

住所/
埼玉県さいたま市浦和区高砂1-8-3 永井ビル2F

電話/048-825-8297


 2007年11月9日(金) この寒いのに阿波踊りの練習


 今朝は、越谷駅東口で朝の挨拶を行いました。金井直樹市議が応援に来てくださり、通りがかりの方からサンドイッチとコーヒーを差し入れして頂きました。ご馳走様でした。
 夜には、南越谷第一集会所で倫理連の練習がありました。今月17日に、老人ホームを慰問する予定であるため、この季節に、この寒いのに阿波踊りの練習です。もっとも、私は鳴り物ですから特別な演出がある訳ではなく、大太鼓でリズムを取りながら皆さんの踊りを見ているだけですが。でも、間違ってしまうと音が目立つだけに全体のリズムを乱す結果になります。簡単なだけに単調なのでボーッとしがちで、それなりに緊張してたたいています。毎週2回の練習があるのですが休みがちなので、迷惑かけないようにしないと。


越谷駅東口で金井市議、朝の挨拶


倫理連、阿波踊りの練習。



 2007年11月6日(火) 仮称ディケア施設「野の花」地鎮祭


 夜通し降っていた冷たい雨もあがり、寒空の下でしたが仮称ディケア施設「野の花」の地鎮祭が執り行われました。老朽化した「野の花」の建て替えは、2年以上前から高野会長をはじめ手をつなぐ育成会の皆さんが願い、ご苦労されてきたことです。市の補助金も頂き、中村喜久三元市議会議長に土地をお借りして、漸く地鎮祭を迎えることができました。私も、理事として力は足りませんでしたが、ここに到ったことは心から嬉しく思います。地面に張られた建物の区画を示すビニルテープを見ながら、完成した姿に思いをはせました。ここで子供たちが暮らし、働き、巣立っていけるように願っています。
 これからは、私の挨拶でも述べましたが、工事を担当される高元建設さんに少しでもサービスして頂いて、限られた予算で少しでも良いものを建設して頂き、私たちも障害者の自立を目指して制度整備を求めていかなければなりません。子供たちが本当に自立できる仕組みづくりを考えていきましょう。新施設の近くには梅林もあり、保護者の方々と「春には梅の木の下で花見ができるといいね」と話しました。元荒川沿いには遊歩道も整備されているので、良い散歩道になります。完成が楽しみですね。


仮称ディケア施設「野の花」の地鎮祭



 2007年11月4日(日) 増森『手づくり市』



大根は、売り切れると前の畑から抜いてきました。

 今日は午前中から子ども達を連れて、増森の岩井さん宅で開催された『手づくり市』に伺いました。春秋の開催で五回目だそうですが、産直野菜、小麦饅頭、焼き物、手作り味噌、蜂蜜、リフォームの衣類など、様々なものが販売されていました。口コミで始まったそうですが、ひっきりなしに大勢の人が訪れ、庭中が人で溢れていました。自宅まで開放しての催しは大変だと思いますが、口コミから2年ほどでここまでの『手づくり市』になるのは、市民の感覚が「大企業による大量生産」よりも「身近なところで手作り」を信用するようにシフトしてきたことを示しています。マスメディアからインターネットへ情報源がシフトしたようなものでしょうか。
もちろん、全体の市場から言えば一部に過ぎないかもしれませんが、変化の芽は確実に伸びているということです。大根が売切れれば、前の畑から抜いてきて並べるという究極の産直ですから。消費者と生産者が顔を合わせていれば、かなり確度高く「食の安全」が保障されることでしょう。ここにも、越谷で農業振興を考える意義があります。
私も、チーズケーキと搗き立てのお餅を食べ、手作り味噌と藤の蜂蜜を買って帰りました。翌日の朝食で食パンにつけて食べた蜂蜜は、ほのかに藤の花の香りがしていました。
帰りには、新方の木村さん宅でミカンを頂きました。ミカンってこんなに鈴生りになるんですねぇ。


手づくり市の岩井さん、山崎さんと。


木村さんの庭で鈴生りのミカンを頂きました。



 2007年11月3日(祝) 文化の日なので、スポーツの秋に文化も少し・・・



やっぱり、リレーは盛り上がります。


お昼ご飯は、千間台西五丁目で豚汁を頂きました。

 今日は文化の日。しかし早朝から市民球場でファイブスターズの試合があり、とりあえずスポーツの秋から一日が始まりました。試合は最終回裏の攻撃で追いついて、1対1の引き分け。ジャンケンの勝負になり、ギリギリで勝利をものにしました。これで、市一部でベスト16の快挙です。
 球場を後にして、次は千間台小で開催されている千間台西連合自治会の運動会へ出席しました。大袋地区体育祭では大竹自治会が連覇を続けていますが、千間台からの参加者は人口と比べて多いとは言えません。でも、千間台西の運動会を見ていると若い人や子どもも多く、エネルギーを感じます。大袋地区というのは、千間台から見ると遠い存在?なんでしょうか。私も大道新田と呼んでいた今の千間台の枯れ田で野球をした覚えがありますが、新しい町と言ってももう40年近く経っています。西大袋地区の区画整理事業によって、大竹や大道といった地区にも新しい町ができ、新しい住民が増えていくことになるでしょう。大袋地区が千間台とより近くなる契機となるか、一段飛びにまた異なる町になるのでしょうか。いずれにしても、地区全体が融和してスポーツでも文化活動でも一緒に楽しめる町を作って行かなければなりません。お昼は、千間台西5丁目で豚汁とオニギリを頂きました、ご馳走様。
 午後からは、中央市民会館劇場で開かれた、秋の朗読会に出席しました。ようやく、文化の日にたどり着きました。残念ながら第一部、元NHKアナウンサー 武井照子さんの講演会しか聴くことができませんでしたが、日本語の意味と音としての機能について講演されました。私も高校生のときに読んだ谷川俊太郎さんのマザーグースの話もあり、思い出しながら聞かせて頂きました。帰宅してから昔読んだ丸谷才一著「桜もさよならも日本語」を押し入れから掘り出して、パラパラとめくってみると、「子供たちには詩を書かせるな。本当に良い詩を読ませろ」、「散文を書かせろ」などと主張されています。意味とリズムをともに要求する『詩』は確かに難しい。昔、「小説で飯を食っている作家はたくさんいるが、詩で飯を食っている詩人はほとんどいない」と聞いたことがあります。子供たちに良い詩のリズムを身に着けさせるため、朗読会などの試みはとっても有効だと思います。一方、小学校の会議で国語の話題になったとき、私は説明文の学習に力を入れて欲しいと意見しました。事象を正しく捉えて、他人に正しく伝えるところから、散文を書く練習をしてもらいたいと思っています。
 夜はいつもの「お父さんの会」がありました。今回は、確か「運動会の打ち上げ」だったとお思います。別に、運動会について感想を述べ合って反省したという事実はありませんが、これから幼稚園の「発表会」のお手伝いもありますから来年も見据えて一致団結したわけです。自転車で千間台まで行ったので、帰りはすっかり冷えてしまいましたが・・・


千間台中の吹奏楽演奏、男の子は一人でがんばっていました。



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