2008年1月27日(日)
 江原市議新年会、若草少年野球新年会、石川下公市議新年会、登志和会新年会

江原千恵子市議の新年会で挨拶する古川俊治参議院議員
江原千恵子市議の新年会で挨拶する古川俊治参議院議員

大輪.登志峰会主をはじめとする登志和会の皆さんの演奏
大輪.登志峰会主をはじめとする登志和会の皆さんの演奏
 午前11時、江原千恵子市議の後援会主催の新年会が開かれました。来賓には、今井宏代議士、古川俊治参議院議員も出席し、寒空の下ではありましたが賑やかな新年会でした。私も、おがの山荘の廃止案について、江原市議だけが採決に際しておがの山荘建設の経緯や意義について発言したことに触れ、政策とは今だけではなく、過去・現在・未来とつながっているものだから、目の前の是非だけで判断してはいけない等と挨拶させて頂きました。江原市議は言うべきと思ったことははっきり言う方ですから、意見がぶつかることも多いのでしょうが、素晴らしい先輩だと思います。
 お昼過ぎには、谷塚文化会館まで移動して若草少年野球の新年会に出席しました。文化会館が移転して谷塚小学校内に新築されたことを知らなかったものですから、すっかり遅刻してしまいました。もう閉会という時刻でしたが、役員の方々とお昼を食べてきました。
 また、越谷へとんぼ返りして、石川下公市議の後援会主催の新年会へ出席しました。今度は袋山自治会館が会場でしたので、内部は動けないほど満員で熱気がこもり、掃きだしを開けてもらうほどでした。石川市議も議連の代表として、また議運の委院長としてとっても苦労されていると思います。時々、疲れが溜まってやしないかと心配になります。大袋地区は区画整理や駅前整備など課題も多く、地元の議員さん達が力をあわせて当たっていただかなければなりません。連続立体交差事業も、将来への更に大きな課題として考えていかなければなりません。
 午後2時からは、昨年の「芋煮会」にも来ていただいた、大輪登志峰先生が主催する登志和会の新年会がありました。ここは、もうプロ級の腕前を持つ芸達者な方揃いですから、賑やかな民謡コンサートみたいなものです。大輪先生は、息子さん達と一緒にエレキを加えた民謡コンサートも開かれているので、伝統を守りながら、また新しい要素を加えて伝えていくことが必要ではないかと、私も挨拶の中で述べさせて頂きました。古来の形式をきっちりと守っていくことも大切ですが、人々の意識が変わっていくなかでより多くの人に親しんでもらう工夫をして、周辺層ともいうべき人達を取り込んでいくことも必要ではないでしょうか。門外漢の一意見です。


 2008年1月26日(土)  埼葛歯科医師会第2支部新年会

埼葛歯科医師会第2支部で挨拶する関口参議院議員
埼葛歯科医師会第2支部で挨拶する関口参議院議員



 埼葛歯科医師会第2支部の新年会に、関口参議院議員の代理で出席しました。18時半からの開始でしたが、9時ごろに議員が秩父の両神から駆けつけてくるまで、待っているようにとの指令がありまして。しかし、歯科医の先生方との話も面白く、春日部市立病院の歯科口腔外科部長である武田先生とは、私の専門であった比較免疫学や昆虫ウイルス学についても話しました。武田先生は、口腔内の癌が専門でオンコジーンを研究していたとか。また、武田先生からは、口腔外科の初診件数は4,022名で紹介率は51.2%という話を聞きました。内科の初診件数が4,800〜4,900ということでしたから、満足いく成果とのことでしたが、スタッフ数から考えるとかなりの負担ではあるようです。老朽化した市立病院の建替えも、財源の点でも難航しているようです。勿論といっては語弊がありますが、赤字とのことでしたが、公的病院の役割はそれだけでは測れないでしょう。


 2008年1月24日(木) 越谷市倫理法人会「理経営講演会」

 今日は、昨年から週1回のペースで役員会を開きながら、準備を進めてきた倫理経営講演会の当日。午後2時に準備のため集合がかかっていましたが、現在、選挙戦の真っ最中であるお隣りの吉川市へ、候補者の皆さんの激励のため、関口参議院議員とともに向かいました。結局、夕方の5時過ぎまでかかってしまい、講演会の開場である越谷市サンシティ小ホールへ着いたのは、5時半になってしまいました。ただし、後日、私が伺った候補者は、定数を25から20に減数したなかで全員当選されました。もっとも、一緒にまわった「関口議員が応援した」とも「蓮見県議が応援した」とも「日暮自民党支部長が応援した」とも言い換えられますけどね。
 講演会では、受付を担当しましたが、お蔭様で会場に入ることはできず講演も聴くことができませんでした。懇親会の設営も手伝ったので、アトラクションに出演した尾上劇団と打ち合わせもしなければなりません。結局、原田秀一親睦委員長と1つずつ、スポットライトを担当することになりました。ですから、写真に写っている右側のスポットライトは、私が当てています。練習の時には低い位置でスポットライトを当てていましたが、お客さんが入ると支柱を伸ばして椅子の上に立たなければ光が届きません。見上げられて、「おや、こんな所で。大変だね」という感じでした。後片付けまで含めると、9時半近くまでかかってしまいましたが、越谷市倫理法人会役員、会員の皆様、お疲れ様でした。

倫理経営講演会の受付を担当しました。
倫理経営講演会の受付を担当しました。
懇親会で踊る尾上劇団
懇親会で踊る尾上劇団


 2008年1月23日(水) 越谷市歯科医師会新年会

 早朝7時から、北越谷駅東口で朝の挨拶をしましたが、ちょうど雪が降り始めて、今年初めての悪コンディションになってしまいました。もっとも、「寒いのに大変だね」と声を掛けてくださる方もいて、それは良かったのですが。
 今日は、関口昌一参議院議員も出席して、越谷市歯科医師会の新年会が開かれました。私は、早めに会場へ行って、議員のカレンダーを届けなければならなくて。議員の職業柄、歯科医師会の先生方とは日頃からお付き合い頂いており、新年会後まで夜食をとりながら、いろいろと話を伺いました。越谷市内でも随分と歯科医院が増えて、経営も大変なようです。でも、患者さんの口の中を覗いてみると、歯科医師がするべき仕事はまだまだあると感じるそうです。歯科医院というのは、歯が痛まないとなかなか行かないものね。健康を守るという点では、人体の入り口である口を守る歯科医師の仕事は、もっともっと評価されるべきだと思います。

越谷市歯科医師会で挨拶する関口参議院議員
越谷市歯科医師会で挨拶する関口参議院議員
中村議長、藤原先生と一緒に
中村議長、藤原先生と一緒に


 2008年1月20日(日) ファイブスターズ総会、大相模花と緑の会新年会

 午前11時から、宮本町五丁目自治会館にて、ファイブスターズの総会が開かれました。
平成19年度の行事報告がされましたが、最後のページに各選手の個人成績が掲載されていました。それによると私は、公式戦で8打数2安打、2割5分という成績で、驚いてしまいました。2安打した記憶はあるが、8回も打席に立った記憶がない!まあ、打席が増えれば打率が下がるだけとは思いますが、試合には出たいと思ってます。公式戦は8勝3敗、チームの平均打率は3割3分9厘でした。
 午後は、地区外会員になっている「大相模花と緑の会」の新年会に出席しました。ここの運動が、地区ごとに花をテーマにした街づくりができないか、というヒントをくれました。コスモス、チューリップ、ラベンダーといった具合に。いつも帰りには、蕾みのチューリップを3本、頂いて帰ります。

ファイブスターズ総会でまじめに資料を見るメンバー
ファイブスターズ総会でまじめに資料を見るメンバー
「大相模花と緑の会」新年会
「大相模花と緑の会」新年会


 2008年1月19日(土) 
    大袋地区新年会、花フェスタ、自民党越谷支部新年会
ボウリング、
    久伊豆神社奉仕会反省会、歯科技工士会越谷支部新年会

大袋地区新年会で賀詞を交歓する。
大袋地区新年会で賀詞を交歓する。
 午前10時、大袋地区センターにて大袋地区新年会が開かれました。私も自治会の皆さんと一緒に出席しましたが、今年は来賓が多かったのか、来賓席が去年よりも長々と設けられていました。大袋地区だけで7名の市会議員さんがいるから?かどうかは知りませんが。大袋地区も恩間新田、三野宮から袋山、大林、荻島地区の一部までと広いので、自治会の皆さんが一堂に会して賀詞を交歓する機会は貴重です。


花フェスタでシクラメンを購入する。
花フェスタでシクラメンを購入する。




 続いて、新越谷駅コンコースで開かれている「花フェスタ」へ向かいました。昨年は着いたのが午後になってしまったため、ほとんど花が無かったのですが、今年は午前中だったのでピンクと赤のシクラメンを2鉢、買うことができました。特に、残り物にもかかわらず、ピンクのシクラメンは気に入りました。話を聞くと、午前10時開催にもかかわらず、9時に搬入してトラックから降ろす傍から、お客さんが買っていくような調子だったそうです。地区ごとに、花をテーマにした街づくりも考えたいですね。

自民党ボウリングで始球式。
自民党ボウリングで始球式。
 午後3時、自民党越谷支部の新年会第一部、ボウリング大会が東越谷ビッグボウルで行われました。写真は私の始球式のフォームですが、見た通りの大不調で、2ゲームともに一緒に参加した妻に負けてしまいました。秘密練習を積む必要有り。だから、スコアは抹消です。付き合ってくれた義母はブービー賞でしたが、賞品が美味しいお酒とのことで、日本酒好きの義母には何よりでした。(私は粉石けんでしたけど・・・)


久伊豆神社奉仕会の反省会風景
久伊豆神社奉仕会の反省会風景




 ボウリング後の懇親会を途中で抜け出して、久伊豆神社奉仕会のお焚き上げ・どんと焼き反省会に出席しました。限られた時間だけでしたが、吉川市内の神社でも、お焚き上げが難しくなってきていると聞いたので、越谷市の市街地で伝統行事を続けられる有難さを感じます。




歯科技工士会越谷支部の新年会で挨拶する向佐均氏
歯科技工士会越谷支部の新年会で挨拶する向佐均氏
 本日の最後、歯科技工士会越谷支部の新年会に出席しました。歯科技工士の業界でも技術の伝承が難しくなっているそうで、若い技工士には超過労働しても仕上げるという意識は少ない。もっとも、良い仕事をしても単価が上がるわけではなく、技術ではなく時間を売って仕事するという意識を改革することは難しい。結果的に、ベテランも価格を度外視した仕事はできず、後継者に技術を伝える機会がない。中国などへ外注されてしまえば、技術的には大きな差があっても、価格では対抗できないそうです。あらゆる分野で、国内における技術の空洞化が進んでいます。お手軽に大金を稼ぐ人々を称賛し、物作りの技術を軽んじる社会風潮から正していかなければ、技術立国も絵に描いた餅に過ぎません。


 2008年1月18日(金) 越谷市PTA連合会文化発表会

PTA文化発表会:大袋小の展示作品
PTA文化発表会:大袋小の展示作品
 サンシティ・ポルティコホールへ、PTA連合会の文化発表会を見学に行きました。小学生の保護者になって6年目ですが、文化発表会は初めてです。優秀と思う作品を展示している小中学校2校に投票するのですが、自分の学校には投票することになりますから、実質1校を選ぶということになります?写真は、我が大袋小文化部の作品ですが、いつの間に作成したのでしょう?各校とも、趣向を凝らした手芸やら作品を展示していましたが、仕事や家事の合間を縫って作成したのでしょうが、お疲れ様です。


 2008年1月14日(祝) 久伊豆神社どんと焼きご奉仕

 今日は朝から、久伊豆神社で“どんと焼き”のご奉仕です。9時から準備でしたが、手口を清めてから御神火を頂き、どんと焼きに火を移したのは10時過ぎ。御神火をお返ししてお神酒を頂き、神事は30分弱で終了しました。参拝の皆さんは、お正月に飾った注連縄や松飾り、古い御札、お守りなども持ってきますが、お供えのビニル製お餅カバー、プラスチック製蜜柑など今風のものは燃やすことができません。破魔矢のビニル袋には、「環境に優しい、燃やしてもダイオキシンが発生しない」と書かれたものも増えました。

しめ縄を組んで、お札などを詰め込み、
達磨を載せて準備
しめ縄を組んで、お札などを詰め込み、
達磨を載せて準備

作業を見守る小林一朗宮司と奉仕会の皆さん
作業を見守る小林一朗宮司と奉仕会の皆さん
御神火を頂いて点火
御神火を頂いて点火


盛んに燃えるどんと焼き
盛んに燃えるどんと焼き
御神火を返還
御神火を返還


最後に御神酒を頂く
最後に御神酒を頂く


 2008年1月12日(土) 「手をつなぐ育成会」、「東大昆虫遺伝研」新年会

「手をつなぐ育成会」新年会
「手をつなぐ育成会」新年会
 お昼から、越谷市手をつなぐ育成会の新年会が開かれました。市外在住の理事の方とは、新年会と総会の際にしかお会いしないので、数少ない旧交を温める機会です。いつものように、子ども達によるアトラクション、“ありがとう”と“ウルトラ・ミュージック・パワー”の歌が披露されました。彼らが自立に近づけるよう行政が支援する方法を考えていかなければ。今年は、長年の懸案であった“野の花”の新施設が完成し、新しい歴史が始まります。
 夕刻からは、これも恒例の東大昆虫遺伝研(旧養蚕研)の新年会が、三四郎池と御殿下グラウンドの間にある山上会議所で開かれました。2〜3年おきに出席する同窓生が多いので、毎年、久しぶりに会う方が何人かいます。卒論を書く時に超遠心や電子顕微鏡の操作や切片作製を教えてもらった先輩も、静岡から東京へ転勤になって久しぶりに会うことができました。中には、結婚して米国に住んでいたので20数年振りに出席したという先輩もいらっしゃいました。

東大昆虫遺伝研の嶋田教授
1.東大昆虫遺伝研の嶋田教授

永田教授(左端)をはじめ、会場風景
2.永田教授(左端)をはじめ、会場風景
 写真1で挨拶をしている嶋田透教授は1年先輩、司会をしているのは去年から赴任した 特任助教の大門高明博士です。助教というのは昔でいう助手のことだそうです。写真2の中央に写っている後輩の三木谷研一君は、神戸大学の客員准教授だそうですが、かつての、教授-助教授-助手といった分かりやすい序列はもうないんですね。三木谷君も、客員だから任期付きだし教授がいるわけではないそうです。組織が流動的になり、研究も自由で迅速に進めることができるのでしょうが、期限や予算管理が明確で成果評価も厳しくなっています。嶋田教授からは、学生時代に我々が手入れに行かされた“田無農場”の桑園は半分が売却されたと報告がありました。私は昆虫病理が専門だったので、カイコに病気が感染するからと病原体扱いされ、蚕室は出入り止め、桑の手入れもシーズンオフだけでしたが、新しい苗を植えたり手伝いはしました。
 田無農場では、学生時代には毎週1日かけて実習があり、田植えやトラクターの運転、小麦畑に生えている菜の花の駆除、牛の乳搾りや豚小屋の掃除等など半分遊びのような授業?を受けました。昼休みに先生たちと行うソフトボールの試合が一番の楽しみで、私達の年に真新しいグローブ一式が揃えられました。あの予算って、厚生費なんだろうか?夏休みには1週間の泊り込み実習があり、男25人がむさ苦しく雑魚寝して暮らしましたが、“打ち上げ”で絞りたての牛乳と一緒に食べた収穫したばかりの茹で落花生の味は忘れません。今でも、茹でた落花生を見かけると、つい買ってしまいます。「養蚕研に入るとカイコの幼虫を桑の葉に包んで食べさせられる」という噂に、志望を変えようか迷ったのもこの合宿でしたっけ。ガセだったけど。


 2008年1月6日(日) また、天ぷらを揚げる

衆議院埼玉十四区新春の集いでも、天ぷらを揚げる。
衆議院埼玉十四区新春の集いでも、天ぷらを揚げる。
 幸手市の三ツ林隆志代議士の自宅にて、衆議院14区新春の集いが開催されました。朝9時、越谷市有志の皆さんと一緒に2日に続いて天ぷらを揚げました。春日部では、イカ、ナス、サツマイモ、竹輪に掻揚げと素材はバラエティに富んでいましたが、今日は竹輪と掻揚げに特化しました。写真では山盛りに準備していた天ぷらも、新年会が始まると数分で全て消えてしまいました。素晴らしい食欲です。揚げている方は、髪の毛まで油くさくなってしまいましたが。
 14区の新年会が始まるとまもなく、エプロンとコック帽?を脱いで、東越谷十丁目自治会の新年会へ出席しました。「皆さんのお知恵を借りて、是非、豊かな越谷を創りたい」と挨拶させて頂きました。十丁目の皆さんとも、様々な行事でお会いするので、随分と顔見知りにさせて頂いています。
 夕方からは、「がんばろう、日本!」国民協議会第5回大会に出席しましたが、記念シンポジウムには間に合わず、懇親会からの出席になってしまいました。出席の各自治体同人などの自己紹介があり、越谷から出席の中村議長、白川市議、江原市議らと一緒に、挨拶させて頂きました。地方自治体における二元代表制の確立、議会の行政チェック機能・議員立法機能の強化などが課題となっているので、「首長を目指すものとしては難しいところでもありますが、議会の進化に負けないように首長も時代に適応して進化しなければ」と挨拶し、一部に受けていました。
 昨年の参議院選挙で一緒に活動していた末村秘書の親分である並木正芳代議士も出席しており、新自由クラブ時代の話などいろいろとお聞きしました。ちょうど私が高校生の頃で、父も新自由クラブの推薦を頂いていたので、並木代議士も越谷へ応援に来てくださったそうです。民主党の国会議員が大多数だったので、挨拶は総選挙・政権交代の話題ばかり。並木代議士の挨拶中に騒いで退席させられた方もいましたが、「がんばろう、日本!」は、健全な市民による民主主義の確立が目標なのでしょうから、一党一派に偏ったように錯覚している方は、冷静に考えを改めて頂きたいものです。いろいろな党派の方々と、純粋に政策について勉強できる事が「がんばろう、日本!」の魅力なのですから。

東越谷十丁目新年会にて
東越谷十丁目新年会にて
「がんばろう、日本!」国民協議会懇談会で挨拶する戸田代表
「がんばろう、日本!」国民協議会懇談会で
挨拶する戸田代表


 2008年1月5日(土) 第9回新春Jazzチャリティーコンサート

コンゴ?のダンスと音楽
コンゴ?のダンスと音楽
 浅井明市議のお姉さん、浅井富佐子さんが代表を務めるJMK(Jazz Meets koshigaya)コンサートへ、妻と妻のご両親と4人で参加しました。コンサートは、saxの演奏から始まり、コンゴ?の賑やかな音楽や猛獣?の着ぐるみのダンス等など盛りだくさん。更には、特別ゲストの長嶺ヤス子さんが、プログラムでは「お話」のはずが、客席まで巡りながら踊ってくださり、会場は素晴らしい盛り上がりで、最後の“We Are The World”は総立ちになりました。越谷でも、このように楽しいコンサートが聴けるとは感激です。運営や入場券の販売もボランティアで地元の皆さんが当たりながら、サンシティ大ホールはほぼ満員という感じでした。
 コンサートの収益金は、きれいな水を世界の子ども達が飲めるように、ユニセフを通じて浅井戸設置に役立てるそうですが、「浅井戸」って「浅井の井戸」だと一瞬思っていました。それと、富佐子お姉さんが年末に自転車で転んで、脚を骨折されてしまいました。当日は一時退院されていたそうですが、少しでも早いご回復を祈っています。

長嶺ヤス子とRodney-Drummer
長嶺ヤス子とRodney-Drummer
フィナーレは、皆で“We Are The World”
フィナーレは、皆で“We Are The World”


 2008年1月4日(金) 自民党越谷支部新春のご挨拶

自民党新春ご挨拶(大袋地区にて)
自民党新春ご挨拶(大袋地区にて)
 午前10時、松沢邦翁県議事務所に集合し、支部役員の皆さんと共に自民党の新春ご挨拶遊説に出発しました。街宣車に乗用車2台で、出羽、荻島、大袋、桜井、新方、増林、大相模、越ヶ谷、南越谷と回りましたが、60平方kmの越谷市は広く、予定の6時間では全地区を回ることができませんでした。でも、今井宏代議士の街宣車が南東部から逆回りしていたので、2台で何とか越谷を網羅できたかと思います。遊説は、県議会議員、市議会議員の皆さんが担当しましたが、私も地元の大袋地区を始め、時々、マイクを握らせて頂きました。自宅側を通過したときには、妻や子ども達が手を振ってくれていました。(電話をしておいたので、“やらせ”ですけど)
 また、来週7日からは、地元の大袋駅で駅頭での朝の挨拶を始めます。今年最初のマイクでの発声を、練習させて頂きました。


 2008年1月2日(水) 土屋家新年会

 元旦は日の出前から出かけていたので、私は神様へのお供えができませんでしたが、今日からは私が行いました。しかし、庭の弁天様にお供えしてあったお餅は半紙だけを残して消えていました。やむを得ず、ビニルパックの切り餅を2つ重ねでお供えしましたが、やはり翌日には穴が開いた袋を残してお餅だけ消えていました。お正月はごみの収集が無いため、カラスが食物を求めてお供えを狙うのです。
 さて今朝は8時から、毎年恒例の土屋義彦元埼玉県知事の新年会へお手伝いに向かいました。もう、お手伝いを始めて20年以上になります。毎年毎年、越谷の皆さんで天ぷらを揚げ、蕎麦を茹でで天ぷら蕎麦も併せて、お客様に食べてもらっています。周辺の各市からお手伝いに集まる皆さんとは、この新年会でお会いして新年の挨拶をするのが毎年のことです。岩槻の焼きそば、春日部のお汁粉や甘酒、狭山のお茶と、もう何十年も担当が決まっていますから、皆さんとも何十年ものお付き合いになります。
 知事が現役時代には、遠く秩父からもバスが来ていたと思いますが、今は品子代議士の選挙区である13区の皆さんが多くなりました。それでも、ご案内もしていないにもかかわらず、毎年、決まりごとのように多くの方がいらっしゃるのは、土屋元知事が積み重ねてきた歳月の重さであると思います。土屋元知事も今年82歳になられますが、相変わらず元気で新年の挨拶をされていました。1月2日、「あぁ、新しい歳が始まった」と毎年感じる恒例行事です。

土屋義彦元知事も元気に新年のご挨拶
土屋義彦元知事も元気に新年のご挨拶
恒例の天ぷらを揚げました。
恒例の天ぷらを揚げました。


 2008年1月1日(祝)
    平成20年の元旦を迎えました。明けまして、おめでとうございます。

午前0時、大竹神社に初詣。
午前0時、大竹神社に初詣。

午前1時、大竹神社で御神酒を配る。
午前1時、大竹神社で御神酒を配る。
 0時5分前、地元の大竹神社へ歩いて出かけました。参道はもう二の鳥居まで行列ができていましたが、武藤自治会長に「お参りはいいから、早く喜手伝え」と言われて、テントの下でお神酒や甘酒をサービスする手伝いをすることになりました。ご近所の皆さんが殆どですが、続々と人が集まり午前1時ころまで、参拝者がおりました。自治会役員の皆さんも、「甘酒が熱すぎるから冷ますため」と言いながら、甘酒のコップに冷酒を何杯も継ぎ足して、内から暖を取りながらお手伝いしていました。最後には、昨年同様、1,000円の破魔矢を1本買って帰りました。しっかし、寒かったなぁ。
 仮眠を取ってから、6時に一度、日の出参りに出かけてから帰宅し、家族でお雑煮を祝いました。10時からは、千間台西五丁目のお餅つきへ出かけましたが、現地では父と一緒になりました。ふれあい公園の中央に穴を掘り、盛大に焚き火を燃やしていました。毎年、同じところに掘るので、少し掘れば灰が出てきて簡単に大きな穴になるとか。お正月とは思えないほどの暖かな日差しだったので、立ち話をしていても焚き火の傍には寄れないくらいで。お餅つきはちょっと高齢化が進んでいるかなぁとも思いましたが、コツが必要なので若ければ上手くいく訳ではありません。
 午後3時、恒例の久伊豆神社お焚きあげのお手伝いに行きました。これまでは毎年、朝9時〜11時を担当していたので、元旦の午後、久伊豆神社へ出掛けたのは初めてでした。しかし、神社の周辺は自動車で大混雑、結局は歩いて10分以上かかるような駐車場に停めることになりました。でも時間帯が変わると、偶然会って新年の挨拶を交わす方も違うんですね。皆さん、何時ごろ初詣に出掛けるか、毎年だいたい決まっているものなのでしょうか。お焚きあげのお札やお守りを預かる時、昨年からビニルはもちろん紙袋や包装の新聞紙も持ち帰っていただくことになったのですが、今年は随分と定着してほとんどの皆さんは、自ら袋から出してくださいました。また今年は、立派なテーブルが備えられていて、受付作業がとても楽になりました。伝統行事も、しっかり改良されています。夕闇が迫ってくると、お焚きあげに照らし出された境内は幽玄に充たされてきます。写真に写された丸く白い影は、エクトプラズムではなくて舞い上がった灰がレンズに付着したものです。

千間台五丁目の餅つき
千間台五丁目の餅つき

千間台西五丁目、真冬のキャンプファイヤー
千間台西五丁目、真冬のキャンプファイヤー

午後3時、久伊豆神社でお焚き上げ。
午後3時、久伊豆神社でお焚き上げ。
午後5時、もう夕闇が迫ってきました。
午後5時、もう夕闇が迫ってきました。