2008年2月23日(土) 第16回ボランティアフェスティバルこしがや

スワンの風船をかぶってご満悦
スワンの風船をかぶってご満悦
 次女の千鞠をつれて、中央市民会館へ「ボランティアフェスティバルこしがや」の見学にでかけました。最初に、ボランティア活動の展示がされている2階市民ギャラリーへ上がっていきました。娘は早々に、面白そうなコーナーを見つけました。手づくりの会では、月2回、中央市民会館に集まって、布などを材料に様々な玩具などを作っているそうです。コーナーには布で作った絵本やパズルがたくさん展示してあり、ボタンやマジックテープを使って子どもが遊べるように工夫されています。
マジックテープを使った的当てもあって、娘はテーブルを独占して30分間も遊んでいました。でも、「お子さんは、なかなか2階まで上がってきてくれないので嬉しいわ」と慰めて?頂きました。材料の布は寄付してもらっているそうですが、ボタンなどの細々したものは買わなければならないので、布絵本は市立図書館に納めて補助をもらっているそうです。昔話は著作権が無いけれど、新作はもちろん布絵本にはできないとか、いろいろなお話も聞いてきました。1階ではおじさんが被っていたスワンの風船をもらい、会食サービスで豚汁とおにぎりのお昼を食べ、バザーでお気に入りのキューピー人形を買ってあげたので、娘はご満悦でした。

手づくりのおもちゃで、30分間も遊んでしまいました。
手づくりのおもちゃで、30分間も遊んでしまいました。
布絵本や布製パズルがたくさんありました。
布絵本や布製パズルがたくさんありました。


 2008年2月20日(水) 越谷で天然ナマズを捕獲

完全装備で金網を乗り越える。
完全装備で金網を乗り越える。
 毎年、黒田球場で「越谷の味覚を楽しむ会」を開き、市内で捕まえた天然のナマズやウナギを味わわせてくださる黒田晟さんに誘われて、天然ナマズ捕りに出かけました。ナマズを捕獲するためには、腕を広げたほどの幅に切った雨樋で作った仕掛けを水路に幾つも沈めて待つという方法をとります。仕掛けは用水の2ヵ所に設置しましたが、1ヵ所は真っ黒な汚水が流れ込んでいたため、ナマズは逃げてしまったと思われました。黒田さんによると、時々、汚水が流されることがあるそうです。
 もう1ヵ所へ行ってみると汚水も無く、さっそく長ゴム靴に着替えてヘッドライトを装着し、タモを持って完全装備で金網を乗り越えました。狭い入り口から、黒田さんに続いて用水路の中にもぐり込むと、さすがに水は氷のように冷たく、底にはヘドロが溜まっています。手探りで仕掛けを見つけ、片端にタモをあてがって傾けると、中に溜まっていた水やヘドロが流れ出します。ナマズが入っている時は、やはり重い手ごたえがありますが、ほとんどは空です。それでも、冷たさに手が痺れるのも我慢して全ての仕掛けを引き上げると、7匹ものナマズを捕ることができました。おまけに、ザリガニが2匹。ナマズ達は、黒田球場の生け簀に放して餌を与え、次の「越谷の味覚を楽しむ会」まで肥らせておきます。
これが越谷の天然ナマズです
これが越谷の天然ナマズです。

 私が子どものころは、自宅前の用水路でザリガニでも雷魚でも雑っ子でも捕ることができました。今は、生活廃水のヘドロが溜まって、ボウフラくらいしか住むことができません。しかし、越谷市内でも住宅地から離れれば、川や用水路にはナマズ、ザリガニ、ウナギまで住んでいます。残されている自然、都市化が進む中でも逞しく生きている動物たちを子ども達の世代へ受け継いでいく工夫を、水路整備や河川の改修の際にも考えなければなりません。越谷では、ナマズやウナギは水族館か図鑑の中、あるいは料理された姿で食卓でしか見られないと思っている子ども達が、とっても多いと思います。今日は、黒田さんのお蔭で、とってもいい経験をさせて頂きました。


用水路の中へもぐり込む。
用水路の中へもぐり込む。
ナマズ7匹、ザリガニ2匹捕れました。
ナマズ7匹、ザリガニ2匹捕れました。
黒田晟さんと成果を自慢する。
黒田晟さんと成果を自慢する。


 2008年2月16日(土) 第2回ユニバーサル社会を目指して

 サンシティ劇場ホールにて、越谷市内の小学校6年生達が、「ユニバーサルデザイン」について、展示・発表しました。川柳小学校、大袋小学校、千間台小学校の子ども達は、ステージ上で口頭発表しましたが、私の娘も大袋小の一員として加わっていました。娘は、西大袋区画整理地内に新しくできた西大袋第七公園の公衆トイレと水飲み場とベンチについて発表し、1.ハンドル式のトイレの鍵をボタン式にする。2.水飲み場に踏み台があるが、車椅子の人は使えないのでスロープにする。3.ベンチに背もたれをつけるといった提案をしていました。また、同級生たちも、総合体育館や駅、北部市民会館など様々な施設について調査して、改良点を提案していました。
 ユニバーサル社会とは、障害者、高齢者、子ども達に限らず、健常者も含めて誰もが住みやすい、暮らしやすい、使いやすいまちや施設をデザインするだけではなく、人に対する思いやりを基にした社会なんですね。子ども達が、学校で学び調べ考えたことについて、自分でまとめて多くの人の前で発表する。こんなに良い教育の機会は無いでしょうし、この子ども達には、ユニバーサル社会について考えながら大人になってもらいたいと思います。

娘も発表に加わりました。
娘も発表に加わりました。
発表する大袋小学校の子ども達
発表する大袋小学校の子ども達


 2008年2月15日(金) 越谷市スケート連盟第2回フリースケーティング大会

振り付けも、子ども達が考えたそうです。
振り付けも、子ども達が考えたそうです。

個人演技ではちゃんと得点がでます。
個人演技ではちゃんと得点がでます。
 今日は私の誕生日、せんげん台駅東口の朝の挨拶で始まりました。やっぱり、冬の朝は寒いです。しかし、夜には、もっと寒いイベントが待っていました。
 夜7時、さいたま市の沼影スケートリンクで、顧問をさせてもらっている越谷市スケート連盟の第2回フリースケーティング大会が開催されました。でも、沼影は初めてなので、入り口が分からず。営業が終わったあとのスケート場を借り切っているので、迷ってしまいました。さすがにリンクは照明も明るく、氷を照らしていましたが、今日は昼間あたたかかったために氷が融けてしまい、コンディションは悪かったそうです。選手は、幼稚園の年長組から高校生までで、始めに「シングルの部」の演技がありました。小さな子ども達はさすがにジャンプしませんが、滑走は前も後ろも自在だし、スピンだって少しならできちゃいます。小学生でも高学年なるとジャンプをこなすようになります。審査員も4名いて、「8.5」とか「7.8」とか得点をだし、「この子は上手だな」と思うとちゃんと高得点になりますが、点が辛い審査員もいたりして本番さながらという感じです。高校生くらいになると、ジャンプも滑りも迫力満点です。演技が終わると、ちゃんと花束とお菓子の包みがリンクへ投げ込まれ、みんな拾い上げて退場していくのも面白いものです。
 後半は団体競技になり、「シンクロ」とは異なって人数もまちまちで、仲の良い子同士で演技をしていました。今年は雨や雪の影響で充分な練習時間がとれなかったので、役員やお母さん達も演技を見るのは初めて。振り付けは子ども達が考えてぶっつけ本番だったそうですが、衣装も着て楽しく滑っていました。バスケットボールを使ったりした演技もあり、観客も楽しめましたが、この頃から風が出てきて一段と気温が下がってしまって。ダウンコートを着ていても寒いのに、中には袖なしで背中が大きく開いた衣装の子どももいて、滑っていないときにはガタガタ震えていて可哀想。もちろん、待ち時間はストーブを焚いた部屋に入るのですが、開会式や閉会式の時はとっても寒そうでした。そのため、「表彰状は帰りの車の中で渡します」という説明でした。
 氷の上を気持ちよく滑っている姿をみていると、将来的に越谷においても練習できる環境を整えてあげたらと感じます。こういった競技会も、もっと一般の観客が見学できる会場や時間帯で開催できれば競技人口も増えるかもしれません。越谷市スケート連盟では、スケート教室も開催しているので、是非参加してみてください。私もスケートは苦手なので、機会があれば参加するつもりです。

最後の団体演技で円を描く。
最後の団体演技で円を描く。
閉会式はとっても寒かった。
閉会式はとっても寒かった。


 2008年2月11日(祝) 大竹神社の「おびしゃ」

「おびしゃ」のお飾り
「おびしゃ」のお飾り
 「おびしゃ」は、関東地方の新年行事で、とくに利根川沿いの地域で多く行われているそうです。一般的に、行事が行われる場所は神社の中や社殿の前などで、参加する人数も拝殿に入れる程度で行われる質素な行事のようです。「おびしゃ」には、奉射、奉謝、奉社、備射、備社、鬼射などの漢字が当てられ、もともとは、「御歩射(おぶしゃ)」が訛ったもので、立って、あるいは座って弓を射て、その命中度で豊作凶作などを占う農村の神事なのですが、今では弓を射ることは少なくなり、豊作や安全を祈り、村の人たちの酒を酌み交わす場になっているところが増えているそうです。
 という訳で、大竹神社の「おびしゃ」も、拝殿での神事のあと、大竹集会所で酒を酌み交わしました。今年は、自治会の班長会議で、「おびしゃは農家の行事だから、自治会として行うことには問題があるのではないか」という意見がでたそうです。「農家の行事だから、農家だけが行えばよい」としたら、日本人のほとんどは元農家で今は農家ではない訳ですから、伝統行事というものもほとんど無くなってしまう理屈でしょう。それに、中国の場合だと、元々、神社というのは中央集権国家ができる以前に村の戸籍を保管していた、先祖を祭るとともに役所のような役割も兼ねていた場所だと読んだことがあります。便宜上、宗教施設に分類されているだけで、神様を祭っていた訳ではないのではないでしょうか。いつか、日本人の精神の空洞かも進んでしまうような気がします。
 「おびしゃ」のお飾りには、煮干、昆布、落花生などと、「三兆円」、「五兆円」、「七兆円」と書いた紙の紙幣が飾られていて、皆で分けて頂きます。そんなに欲張らないから、5、6桁少なくても御の字なんだけど。紙の紙幣を焼いて備えると、あの世に貯金されていてあの世に行ってから裕福に暮らせるそうですが、さて、三兆円もあったら「血の池地獄」の浄化事業でもしましょうか。


 2008年2月10日(日)  松沢邦翁県議旅行会でスパリゾートハワイアンズへ

 松沢県議の旅行会は、先週と今週の2回に分けて行われましたが、先週は生憎の大雪。私も、先週は節分の行事があったため今回だけの参加でしたが、運がよかったのかもしれません。大袋地区のグランドゴルフの皆さん、出羽地区のファイブスターズのメンバーも同じ6号車で、最初の目的地であるイチゴ狩りへと向かいました。イチゴの食べ方は、恩間でイチゴ園を経営している木村会長にご講釈いただきました。越谷市内でイチゴ園を経営しているのは、昨年始めた木村さんと今年から始めた大相模の石塚さんの2軒だけです。茨城や栃木まで行かなくても、越谷でイチゴ狩りができれば新しい観光資源になるかもしれません。ただし、イチゴ狩りまでするには何軒かの生産者が協力しないと、対応できないそうです。初期の設備投資は坪25,000円ほどかかるそうですが、現金収入が期待できるのでこれから広まるかも知れません。
 イチゴ園で2号車へと乗換え、一路スパリゾートハワイアンズへ。玄関前で寒風吹きすさぶ中記念写真を撮り、福島からハワイへ入っていきました。食事の後、フラダンス等を見ることができたのですが、スーツにネクタイで水着の皆さんに混じっているのは非常に違和感があるものです。早々に退散。出口付近で大盛りのかき氷を食べている人が結構いて、やっぱり気分はハワイになっていました。帰路、ボタ山が未だたくさん残っていましたが、炭鉱をハワイにするという発想は、いわゆるコペ転というやつですね。

ハワイの日差し?
ハワイの日差し?
同乗して来た6号車で記念写真
同乗して来た6号車で記念写真


 2008年2月3日(日)  節分

鬼は外
鬼は外
 今日は節分です。朝から雪が降る中、市内各所で行事が行われ参加しましたが、お昼には沼田自治会の御餅つきに参加しました。会場である三角公園には雪だるまが並んで出迎えてくれました。雨じゃなくて雪だったので、子供たちも大勢参加してくれたようです。でも雪だったせいか、搗き立てお餅も美味しかったけれど、熱い豚汁が格別でした。
 午後は大相模不動尊節分会に出席しました。とびきり寒い本堂で護摩を焚きながら行事が進行し、鬼が現れると頂いた枡に入った豆を「鬼は外」とぶつけるわけです。昨年は、写真を撮ることができませんでしたが、今年は接近してバッチリ撮ることができました。鬼の面を取るともっと怖い顔だったりして。次は、福の神が登場して皆の持っている枡にお守りを入れてくださいます。雪に覆われて、明日は純白の新年を迎えることになります。
(もっとも、翌日は首都高が封鎖され、環七の陸橋も凍結のため通れず都内は大渋滞となってしまいましたが)。
 今年は雪のため、もっとも大勢が集まって盛り上がる公開の福引大会が中止となってしまいましたが、私も3枚頂いた抽選券のうち、2枚が10等、11等ぐらいで当たり、2月7日の引き換え最終日にお醤油とゴミ袋を頂きました。融け始めた雪の中、後片付けをしていたご住職、野口実行委員長はじめ役員の皆さん、お疲れ様でした。

三角公園の雪だるま
三角公園の雪だるま

雪の中の御餅つき
雪の中の御餅つき
福は内
福は内

雪をかぶった大相模不動尊大聖寺
雪をかぶった大相模不動尊大聖寺


 2008年2月2日(土)  (社)越谷青年会議所新年会

今年度の役員が勢揃い。
今年度の役員が勢揃い。

直前理事長へ感謝状を贈呈します。
直前理事長へ感謝状を贈呈します。
 恒例の越谷JCの新年会がギャザホールで開催されました。市長、市議会議長、教育長をはじめ、市内各種団体代表が来賓として出席してくださいました。私もOBとして出席しましたが、近年は現役会員数が減少し、OBは増えるばかりです。今年の新年会では、現役よりもOBが大勢出席していたように見え、紹介も「OBの皆さんです」で一括になってしまいました。今年は、越谷JCも35周年を迎えます。市内業界の景気は停滞から後退気味ですが、会員の増強もがんばらないと。会員数は、経済状況にきれいに対応していますね。1980年年代半ばから急速に増加して150名近い会員数でしたが、1990年代は徐々に減少し、私が理事長をさせて頂いた1997年は約100名、今年は64名スタートです。しかし、今は出席率も高く、新入会員も入会しているようで、新年会にもオブザーバーが2名出席していました。是非、伝統を引き継いでいってもらいたいものです。
 写真は、今年度の深野理事長が、昨年度理事長(今年度直前理事長)の青山君に感謝状を贈呈しているところですが、直前理事長としては感謝状を全会員に差し上げたいくらいです(もっとも、理事・役員や100%例会出席者には自腹を切って記念品をあげますが、この習慣は今も続いているんでしょうか?)。私の時は、感謝状を用意し忘れたとかで当日は手製の小さなものをもらい、後で差し替えてもらったような気がします。別に立派じゃなくてもよかったんですが、これも良い思い出です。新年会の最後には、写真のように今年度の理事・役員が全て紹介されて壇上に上がります。会員が減ってくると、ほとんど壇上に上がってしまってフロアーが来賓ばかりになってしまうので、そこが寂しいところです。20歳から40歳の若者たち、越谷JCに入ってみませんか。異業種交流や社会参加の経験は、将来、掛替えの無い財産になりますよ。