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1960年 越谷市大竹に生まれる
1966年 越谷市立大袋小学校入学
1972年 浦和市立岸中学校入学
講談社ブルーバックスという自然科学書シリーズを、いたずら仲間と分担して読んでいました。物理学、数学、古生物学などの担当は埋まっていて、たまたま生化学の担当になって「生命合成への道」という新刊本に出会いました。これが、その後の進路を決定することとなりました。
この仲間達とは、秩父へ化石掘りに行ったり、火薬の成分を調べて調合し神社の境内で爆発させたりしました。その時は流石に、放課後、黒板の前に整列させられて担任にビンタされました。
1975年 県立浦和高校入学
高校時代は青少年赤十字クラブに所属し、献血や週に一回、障害者施設を訪問する活動をしていました。
1979年 東京大学理科II類入学、その後、東京大学大学院にて修士課程・博士課程を修了。
博士(農学)を取得。博士論文の題名は、「ハチミツガ血球の細胞性防御反応に関する研究」。暗室にこもって電子顕微鏡ばかりのぞいていたので、性格が暗くなったかもしれません。先輩たちは静かで淋しいので、いつもラジオを流しながら仕事をしていました。
教養学部時代は化学部に所属し、北海道の過疎地の中学校を訪問し、科学実験の授業を行う活動をしていました。
1986年 参議院自由民主党議員会長であった、土屋義彦先生の秘書(〜1988年)を務める。
埼玉県西部地区を担当していたので、就職してから狭山に勤務した時には土地勘があって助かりました。
1991年 片倉工業株式会社入社
1997年 社団法人 越谷青年会議所第24代理事長
スローガンは、「歩み続けよう、愛と未来を求めて」。これは我が人生のスローガンでもあります。
第23回越谷市民まつり実行委員長
朝まで雨模様でしたが、アメダスを見て昼には晴れると実施を決断。小学生相撲大会「わんぱく相撲越谷場所」も、前日が雷雨という雨男の一年でした。
2004年 片倉工業生物科学研究所技術開発室長
カイコに感染するウイルスの遺伝子を、ヒトに有用なタンパク質の遺伝子と組み換えてカイコに感染させ、その体内で有用タンパク質を生産する技術の開発を行っていました。
その技術を利用し、新エネルギー・産業技術総合開発機構の委託を受け、タンパク質機能解析・活用プロジェクトに参加していました。
2005年 片倉工業株式会社退社
越谷市長選挙に出馬
貴重な38,037票をいただくも惜敗
2006年

関口昌一参議院議員の秘書として、越谷市を中心に県東部地区の活動に専念

若草少年野球の皆さんと
ご挨拶経 歴現 在趣 味少年時代

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